発明の新規性・進歩性

新規性・進歩性

 


おことわり

  • 法律的な厳密さよりも、わかりやすさを優先しております。
  • 特許庁「特許・実用新案 審査基準」に基づき、できるだけ一般的な見解を目指したつもりですが、弊所独自の見解が含まれる場合があります。
  • 事例の出願(本願及び先行技術)は、実際の公開特許公報等からピックアップしました。但し、若干、アレンジした箇所があります。特に、引用発明1の明細書の具体的開示の一部は省略して(なかったものとして)扱っています。
  • 事例の出願(本願)は、実体審査を受けることなく、出願が取下げ扱いになっています。つまり、特許になった訳ではなく、かといって拒絶になった訳でもありません。
  • 事例の出願(本願及び先行技術)の発明者様、出願人様及び代理人様と、弊所とは一切関係ありません。技術内容が分かりやすく、特許請求の範囲の記載も分かりやすく、さらに出願から20年以上経過していることを考慮し、事例として挙げさせていただきました。関係者の皆様には何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

 


はじめに

  • 特許を取得するには、特許庁に特許出願し、審査を受ける必要があります。審査においては、発明の新規性及び進歩性などの特許要件が審査され、それら特許要件の具備を条件に特許が付与されます。
  • 特許を受けようとする者は、願書に、明細書、特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付して、特許庁長官に提出しなければなりません。
  • 明細書には、発明の名称、図面の簡単な説明、発明の詳細な説明を記載します。
  • 特許請求の範囲には、「請求項」と呼ばれる項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載します。審査をパスした場合、特許請求の範囲の記載に基づいて、権利範囲が特定されます。

 


新規性

【新規性とは】

  • 新規性とは、発明が新しいことをいいます。具体的には、特許出願前に日本国内又は外国において、公然知られた発明、公然実施(製造販売等)をされた発明、頒布された刊行物に記載された発明、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に該当しないことをいいます。
  • 特許権は、新規発明開示の代償として付与されるものですから、発明に新規性が要求されます。

 

【新規性の有無】

 次に掲げる発明については、「新規性がない」として、特許を受けることができません。

  • 公知】特許出願前に日本国内又は外国において、公然知られた発明
  • 公用】特許出願前に日本国内又は外国において、公然実施をされた発明
  • 文献公知】特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明
  • インターネット公知】特許出願前に日本国内又は外国において、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明

 

【新規性の判断】

  • 請求項に係る発明について、新規性の有無が判断されます。特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合、請求項ごとに、新規性の有無が判断されます。
  • 請求項に係る発明と引用発明(審査で引用される先行技術)とを対比し、相違点があるか否かにより判断します。
  • 相違点がある場合、請求項に係る発明は新規性を有しており、相違点がない場合、請求項に係る発明は新規性を有していない、ことになります。

 


進歩性

【進歩性とは】

  • 進歩性とは、その道の通常の専門家が、特許出願時における技術水準から容易に考えだすことができない程度をいいます。具体的には、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、前記新規性阻却事由となる公知、公用、文献公知等の発明(先行技術)に基いて容易に発明をすることができたか否か(通常考えつく程度の改良・改変か否か)をいいます。
  • 当業者が容易に発明をすることができたものについて特許権を付与することは、技術進歩に役立たず、かえってその妨げになるから、発明に進歩性が要求されます。

 

【進歩性の判断】

  • 請求項に係る発明について、進歩性の有無が判断されます。特許請求の範囲に二以上の請求項がある場合、請求項ごとに、進歩性の有無が判断されます。
  • 先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否かを検討することにより行います。当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたか否かの判断には、「進歩性が否定される方向に働く諸事実」及び「進歩性が肯定される方向に働く諸事実」を総合的に評価します。

 

◆具体的には、先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、以下の(1)から(4)までの手順により、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断します。

 (1)請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、「進歩性が否定される方向に働く要素」に係る諸事情に基づき、他の引用発明(副引用発明)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断します。

 (2)上記(1)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断します。

 (3)上記(1)に基づき、論理付けができると判断した場合は、「進歩性が肯定される方向に働く要素」に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断します。

 (4)上記(3)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断します。一方、上記(3)に基づき、論理付けができたと判断した場合は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断します。

 

◆進歩性が否定される方向に働く要素

 ・主引用発明に副引用発明を適用する動機付け
  (1) 技術分野の関連性
  (2) 課題の共通性
  (3) 作用、機能の共通性
  (4) 引用発明の内容中の示唆(引用発明の内容中において、主引用発明に副引用発明を適用することに関する示唆がある)

 ・主引用発明からの設計変更等
  (i) 一定の課題を解決するための公知材料の中からの最適材料の選択
  (ii) 一定の課題を解決するための数値範囲の最適化又は好適化
  (iii) 一定の課題を解決するための均等物による置換(たとえば、湿度の検知手段に特徴のある浴室乾燥装置の駆動手段として、ブラシ付きDCモータに代えて、周知のブラシレスDCモータを採用)
  (iv) 一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用(たとえば、携帯電話機から外部のデジタルテレビに画像を表示する際に、その画面の大きさ、画像解像度に適合したデジタルテレビ用の画像信号(デジタル表示信号)を生成及び出力)

 ・先行技術の単なる寄せ集め
 発明特定事項の各々が公知であり、互いに機能的又は作用的に関連していない場合(たとえば、公知の昇降手段Aを備えた建造物の外壁の作業用ゴンドラ装置に、公知の防風用カバー部材、公知の作業用具収納手段をそれぞれ付加)

 

◆進歩性が肯定される方向に働く要素

 ・有利な効果
  (i) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果とは異質な効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測できない場合
  (ii) 請求項に係る発明が、引用発明の有する効果と同質の効果であるが、際だって優れた効果を有し、この効果が出願時の技術水準から当業者が予測できない場合

 ・阻害要因
  (i) 主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明
  (ii) 主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明
  (iii) 主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明
  (iv) 副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明

 

【進歩性の判断における留意事項】

 (1) 請求項に係る発明の知識を得た上で、進歩性の判断をするために、以下の(i)又は(ii)のような後知恵に陥ることがないように、留意しなければなりません。
  (i) 当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたように見えてしまうこと。
  (ii) 引用発明の認定の際に、請求項に係る発明に引きずられてしまうこと。
 (2) 主引用発明として、通常、請求項に係る発明と、技術分野又は課題が同一であるもの又は近い関係にあるものを選択します。なお、請求項に係る発明が解決しようとする課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものであることは、進歩性が肯定される方向に働く一事情になり得ます。
 (3) 論理付けのために引用発明として用いたり、設計変更等の根拠として用いたりする周知技術について、周知技術であるという理由だけで、論理付けができるか否かの検討を省略してはなりません。
 (4) 出願人がその明細書の中でその従来技術の公知性を認めている場合は、出願当時の技術水準を構成するものとして、これを引用発明とすることができます。
 (5) 物自体の発明が進歩性を有している場合には、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として、進歩性を有していることになります。
 (6) 商業的成功、長い間その実現が望まれていたこと等の事情を、進歩性が肯定される方向に働く事情があることを推認するのに役立つ二次的な指標として参酌することができます。ただし、この事情が請求項に係る発明の技術的特徴に基づくものであり、販売技術、宣伝等、それ以外の原因に基づくものではないことが必要です。

 

*関連情報:進歩性判断進歩性判断のフロー・流れ、フローチャート

 


事例(本願)

【出願日】 1998年10月22日
【発明の名称】 多機能ペン
【発明の概略】 1本のペンにマーカーペンとスタイラスペンとの機能を持たせる。具体的には、ホワイトボードなどへの筆記用のマーカーペンと、筆記跡を残さずにコンピュータに位置座標入力するためのスタイラスペンとを組み合わせた多機能ペンである。マーカーペンのキャップにスタイラスペン用ペン先を取り付けて構成される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】(本願発明=請求項に係る発明)
 媒体に対する筆記具及び位置座標入力具として使用される多機能ペンであって、
 内部にインクが充填された本体(11)と、
 この本体(11)に取り付けられて前記インクを外部に導出するマーカーペン用ペン先(13)と、
 前記マーカーペン用ペン先(13)を覆うように前記本体(11)に着脱可能に装着されるキャップ(21)と、
 前記キャップ(21)に突設されたスタイラスペン用ペン先(22)と、
 を備えたことを特徴とする多機能ペン。
【図面】

本願発明
 


技術的な前提知識

  • 「スタイラスペン」とは、スマホ、タブレット又は電子辞書などの画面操作に用いるタッチペンのことです。
  • 電子辞書の「デジタル大辞泉」(小学館)によれば、次のとおりです。
    「スタイラスペン[stylus pen] PDA、タブレット、デジタイザーなどで使用するペン型の入力装置。ペンの位置や動きの検出方法には、電磁誘導式と感圧式がある。スタイラス。タッチペン。」

 


先行技術

≪引用発明1≫本願の出願前に、次の出願が登録公報に掲載されている。
【公報発行日】 1994年9月20日
【発明の名称】 キャップ型タッチパネル入力用ペン
【発明の概略】 鉛筆やボールペン等の筆記具4を本来の筆記用にもペン入力コンピュータ5のタッチパネル6の入力ペンとしても使用できるようにする。一般筆記具4の先端部に被せられるキャップ部2と、このキャップ部の外側先端に、タッチパネルを押圧しコンピュータに入力するためのペン先部3とを有する。キャップ部2の本体は、先端部に孔が形成された弾性素材によって構成され、ペン先部3は、前記孔に嵌装される合成樹脂によって構成されている。キャップ型タッチパネル入力用ペン1を、鉛筆やボールペンなどの各種筆記具4の後部に被せて取り付けることにより、その筆記具を本来の筆記用に使用することができるとともに、筆記具の上下を持ちかえるだけで、携帯型情報機器等への入力のためのペンとして用いることができる。
【図面】

引用発明
 

≪引用発明2≫本願の出願前に、マーカーペン自体は、周知又は公知である。

≪引用発明3≫本願の出願前に、スタイラスペン自体も、周知又は公知である。

 


新規性の有無

◆本願発明(請求項1に係る発明)は、次のとおりです。
 【A】媒体に対する筆記具及び位置座標入力具として使用される多機能ペンであって、
 【B】内部にインクが充填された本体(11)と、
 【C】この本体(11)に取り付けられて前記インクを外部に導出するマーカーペン用ペン先(13)と、
 【D】前記マーカーペン用ペン先(13)を覆うように前記本体(11)に着脱可能に装着されるキャップ(21)と、
 【E】前記キャップ(21)に突設されたスタイラスペン用ペン先(22)と、
 を備えたことを特徴とする多機能ペン。

◆本願発明は、次の理由で、新規性を有します。

  • (引用発明1との関係)本願発明は、引用発明1のキャップ(キャップ型タッチパネル入力用ペン1)そのものではない。引用発明1を「キャップ1+筆記具4」のセットで考えてみても、引用発明1の筆記具は、鉛筆又はボールペンである。鉛筆の場合、少なくとも前記【B】及び【C】の要件を満たさない。ボールペンの場合、中空軸に芯が差し込まれ、(軸ではなく)芯にインクが充填され、(芯ではなく)軸にキャップが設けられる。引用発明1におけるボールペンの軸が本願発明でいう本体であるとすると、軸にはインクは充填されないので、【B】の要件を満たさない。引用発明1におけるボールペンの芯が本願発明でいう本体であるとすると、キャップが芯に着脱可能に装着される訳ではないので、【D】の要件を満たさない。
  • (引用発明2との関係)本願発明は、スタイラスペン用ペン先を備える点で、マーカーペン自体ではない。
  • (引用発明3との関係)本願発明は、インクが充填された本体や、マーカーペン用ペン先を備える点で、スタイラスペン自体ではない。

 


進歩性の有無

  • 前提として、マーカーペンの使用時、前端部からキャップを外して、後端部に嵌めておくことは周知と思われます。また、鉛筆又はボールペンのキャップについて、使用時には後端部に、未使用時には前端部に装着することも、周知と思われます。
  • 主たる争点は、引用発明1における筆記具として、鉛筆又はボールペンに代えて、マーカーペンを採用することが、当業者にとって容易であるか否か、であると思います。また、引用発明1では筆記部の後端部にキャップを設けていますが、本願発明のように筆記具の前端部にキャップを設けることが、当業者にとって容易であるか否かも争点になると思います。
  • 「進歩性が否定される方向に働く要素」として「主引用発明からの設計変更等」が挙げられます。想定される拒絶理由としては、たとえば、次のとおりです。すなわち、キャップにスタイラスペン用ペン先を設ける点に特徴のある筆記具として、引用発明1の鉛筆又はボールペンに代えて、周知のマーカーペンを採用することは、均等物の置換にすぎない、というものです。また、本願発明において本体のペン先側にキャップを設ける点は、(マーカーペンの場合にはインクが乾きやすいことを考慮した)技術の具体的適用に伴う設計的事項にすぎない、というものです。
  • 仮に進歩性欠如の拒絶理由がきた場合、出願人は、意見書において反論することができます。その際、特許請求の範囲を補正して、下位の請求項(請求項2以降)に減縮したり、明細書から限定事項(発明特定事項)を追加したりして、引用発明との相違点を明確にすることが行われます。たとえば、以下の反論が考えられます。最終的に特許されるか否かの明言はできませんが、権利化は厳しい感触があります。

 (a) 引用発明1では、筆記具の後端部にキャップを設けるのに対し、本願発明では、筆記具の前端部にキャップを設けるものである。本願明細書には、「マーカーペンとして使用する場合にはキャップを取る動作が必要なため、使用者にとってはこのことがマーカーペンの使用を意識付けることになり、インタラクティブ装置等に誤ってマーカーペンを使ってしまう恐れをなくすことができる」と記載されており、この点について主張することが考えられる。

 (b) 引用発明1では、キャップ部2に孔をあけてその孔にペン先部3を嵌装しており、孔とペン先部との間に隙間を生じるおそれがある。そのため、引用発明1をマーカーペンに用いると、内部のインクが乾くおそれがある。この点を考慮して、キャップに貫通孔を設けることなくスタイラスペン用ペン先を設ける具体的構造について、限定してみることが考えられる。

 (c) 引用発明1では、筆記具の後端部にキャップを設けており、スタイラスペンの使用時には筆記具を上下反転して持ちかえる。そのため、仮に筆記具の前端部側にグリップがあっても、スタイラスペンの使用時にはそのグリップを利用できない。これに対し、本願発明では、マーカーペンとして使用する場合も、スタイラスペンとして使用する場合も、同じ方向で使用し、上下持ちかえる必要はない。そのため、筆記具の前端部側にグリップがあれば、常時、そのグリップを使用できるので、使い勝手がよい。明細書にグリップが開示されているのであれば、その点を限定してみる。

 


参考条文(2019.05.01)

特許法
(特許の要件)
第29条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
  一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
  二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
  三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
 2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

(拒絶の査定)
第49条 審査官は、特許出願が次の各号のいずれかに該当するときは、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。
  一 その特許出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面についてした補正が第17条の2第3項又は第4項に規定する要件を満たしていないとき。
  二 その特許出願に係る発明が第25条、第29条、第29条の2、第32条、第38条又は第39条第1項から第4項までの規定により特許をすることができないものであるとき。
  三 ・・・以下省略

 


プリントアウト用pdfファイル「発明の新規性・進歩性


(作成2019.05.03、最終更新2020.05.06)
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