「係る発明」と「記載された発明」

以前、「係る」とは?(係るの意味)について述べました。その続編です。

 

特許法には、「係る発明」(「請求項に係る発明」「特許出願に係る発明」等)と、「記載された発明」(「請求項に記載された発明」「請求項に記載される発明」等)との表現がみられます。

たとえば、第36条第5項には、「第2項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。この場合において、一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である記載となることを妨げない。」とあり、「請求項に係る発明」の文言があります。

一方、第17条の2第5項第二号には、「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」とあり、「請求項に記載した発明」「請求項に記載された発明」「請求項に記載される発明」の文言があります。

「請求項に係る発明」と「請求項に記載された(記載した、記載される)発明」とは、異なるものでしょうか、同じものでしょうか。

「係る発明」と「記載された発明」との違いについて、考えてみます。

 


「係る発明」と「記載された発明」との違い

特許庁編『工業所有権法逐条解説 第21版』特許法第48条の6〔字句の解釈〕には、次の解説があります。

〈特許出願に係る発明〉 特許請求の範囲に記載された発明である。したがって発明の詳細な説明の欄には記載されているが、特許請求の範囲に記載されていないような内容の発明は含まれない。

この記載からすれば、「係る発明」と「記載された発明」とは、同一とも思えます。
但し、単に、発明の詳細な説明の欄ではなく、「特許請求の範囲に記載された発明」という程度の意味かもしれません。

 

請求項の概念を導入した昭和62年改正法の条文起草者による新原浩朗編著『改正特許法解説』(有斐閣、昭和62年)第19頁には、次の解説があります。

第三十六条第五項の「請求項に係る発明」と第三十七条の「請求項に記載される発明」は、前者は、記載された請求項から把握されてくる技術的思想たる「発明」を意味するのに対し、後者は、技術的思想たる「発明」を一定の表現で請求項に具体的に書き表したものである。このように表現を分けたのは、前者の場合、第三十六条第五項においては、表現の違いにかかわらず、技術的思想たる発明としての同一性が問題とされるのに対し、後者の場合、第三十七条各号の要件に該当するか否か判断するに当たり、「物」、「方法」等の表現形式が問題とされるからである。

  • 旧 第36条第5項(昭和62年改正条文)
    前項の規定は、その記載が一の請求項に係る発明と他の請求項に係る発明とが同一である特許請求の範囲の記載となることを妨げない。
  • 旧 第37条(昭和62年改正条文)
    二以上の発明については、これらの発明が一の請求項に記載される発明(以下「特定発明」という。)とその特定発明に対し次に掲げる関係を有する発明であるときは、一の願書で特許出願をすることができる。
    一 その特定発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である発明
    二 その特定発明と産業上の利用分野及び構成に欠くことができない事項の主要部が同一である発明
    三 その特定発明が物の発明である場合において、その物を生産する方法の発明、その物を使用する方法の発明、その物を取り扱う方法の発明、その物を生産する機械、器具、装置その他の物の発明、その物の特定の性質を専ら利用する物の発明又はその物を取り扱う物の発明
    四 その特定発明が方法の発明である場合において、その方法の発明の実施に直接使用する機械、器具、装置その他の物の発明
    五 その他政令で定める関係を有する物の発明

 

つまり、「係る発明」とは、表現形式の違い(物か方法かの発明のカテゴリーの違い等)を超えた技術的思想としての発明をいうのに対し、「記載された発明」とは、具体的記載により特定される発明をいうことになります。

「係る発明」というときは、発明のカテゴリーを問題とせず、「記載された発明」というときは、発明のカテゴリーも問題とすることになります。

 


29条の2(拡大先願)と39条(先願)の「実質同一」の違い

「係る発明」と「記載された発明」とを上述のように把握すると、特許庁審査基準において、第29条の2(拡大先願)第39条(先願)の「実質同一」に微妙な違いがある理由が見えてきます。

まずは、審査基準の記載を確認しておきます(2020年5月25日現在)。

 

拡大先願(特許法29条の2)の「本願の請求項に係る発明と引用発明とが同一か否かの判断」として、次のとおり記載されています。
 審査官は、本願の請求項に係る発明と、引用発明とを対比した結果、以下の(i)又は(ii)の場合は、両者をこの章でいう「同一」と判断する。
 (i) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がない場合
 (ii) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がある場合であっても、両者が実質同一である場合
 ここでの実質同一とは、本願の請求項に係る発明と引用発明との間の相違点が課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合をいう。

 また、審査官は、他の出願の当初明細書等が上位概念又は下位概念で発明等を表現している場合については、「第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方」の3.2に準じて取り扱うとした上、その「3.2 先行技術を示す証拠が上位概念又は下位概念で発明を表現している場合の取扱い」には、次のとおり記載されています。

(1) 先行技術を示す証拠が上位概念で発明を表現している場合
 この場合は、下位概念で表現された発明が示されていることにならないから、審査官は、下位概念で表現された発明を引用発明として認定しない。ただし、技術常識を参酌することにより、下位概念で表現された発明が導き出される場合には、審査官は、下位概念で表現された発明を引用発明として認定することができる。(*弊所メモ:先願が上位概念、後願が下位概念の場合、後願は拒絶されない。)

(2) 先行技術を示す証拠が下位概念で発明を表現している場合
 この場合は、先行技術を示す証拠が発明を特定するための事項として「同族的若しくは同類的事項又はある共通する性質」を用いた発明を示しているならば、審査官は、上位概念で表現された発明を引用発明として認定できる。なお、新規性の判断の手法としては、上位概念で表現された発明を引用発明として認定せずに、対比、判断の際に、その上位概念で表現された請求項に係る発明の新規性を判断することができる。(*弊所メモ:先願が下位概念、後願が上位概念の場合、後願は拒絶される。)

 

先願(特許法39条)の「本願発明と他の出願の請求項に係る発明等とが同一か否かの判断(他の出願が先願である場合)」として、次のとおり記載されています。
 審査官は、本願発明と、先願の請求項に係る発明等(以下この章において「先願発明」という。)とを対比した結果、以下の(i)又は(ii)の場合は、両者を「同一」と判断する。
 (i) 本願発明と先願発明との間に相違点がない場合
 (ii) 本願発明と先願発明との間に相違点がある場合であっても、両者が実質同一である場合
 ここでの実質同一とは、相違点が以下の(ii-1)から(ii-3)までのいずれかに該当する場合をいう。
 (ii-1) 課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合
 (ii-2) 先願発明の発明特定事項を、本願発明において上位概念として表現したことによる差異である場合
 (ii-3) 単なるカテゴリー表現上の差異(例えば、表現形式上、「物」の発明であるか、「方法」の発明であるかの差異)である場合

 

これから分かるように、

39条(先願)における「本願発明(本願の請求項に係る発明)」と「先願発明(先願の請求項に係る発明)」との「実質同一」には、単なるカテゴリー表現上の差異(例えば、表現形式上、「物」の発明であるか、「方法」の発明であるかの差異)が含まれるのに対し、

29条の2(拡大先願)における「本願の請求項に係る発明」と「引用発明(第29条の2の形式的要件を満たす他の出願の当初明細書等に記載された発明等)」との「実質同一」には、第39条の場合のような「単なるカテゴリー表現上の差異である場合」が挙げられていません

 

39条では「係る発明」同士を対比するため、カテゴリー相違を超えた技術的思想としての発明同士の同一性を問題とする(そのため「単なるカテゴリー表現上の差異である場合」も拒絶する)のに対し、29条の2では「記載された発明」との対比であるから、カテゴリーも含めた具体的記載との関係を考慮する必要があるため、と考えられます。

 


参考条文(2020.05.25)

第29条の2

特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録出願であつて当該特許出願後に第66条第3項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した特許公報(以下「特許掲載公報」という。)の発行若しくは出願公開又は実用新案法(昭和34年法律第123号)第14条第3項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した実用新案公報(以下「実用新案掲載公報」という。)の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(第36条の2第2項の外国語書面出願にあつては、同条第1項の外国語書面)に記載された発明又は考案(その発明又は考案をした者が当該特許出願に係る発明の発明者と同一の者である場合におけるその発明又は考案を除く。)と同一であるときは、その発明については、前条第1項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。ただし、当該特許出願の時にその出願人と当該他の特許出願又は実用新案登録出願の出願人とが同一の者であるときは、この限りでない。

 

(先願)
第39条

同一の発明について異なつた日に二以上の特許出願があつたときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。

2 同一の発明について同日に二以上の特許出願があつたときは、特許出願人の協議により定めた一の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、いずれも、その発明について特許を受けることができない。

3 特許出願に係る発明実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合において、その特許出願及び実用新案登録出願が異なつた日にされたものであるときは、特許出願人は、実用新案登録出願人より先に出願をした場合にのみその発明について特許を受けることができる。

4 特許出願に係る発明実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合(第46条の2第1項の規定による実用新案登録に基づく特許出願(第44条第2項(第46条第6項において準用する場合を含む。)の規定により当該特許出願の時にしたものとみなされるものを含む。)に係る発明とその実用新案登録に係る考案とが同一である場合を除く。)において、その特許出願及び実用新案登録出願が同日にされたものであるときは、出願人の協議により定めた一の出願人のみが特許又は実用新案登録を受けることができる。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、特許出願人は、その発明について特許を受けることができない。

5~7 省略

 


関連情報

 


(作成2020.05.25、最終更新2020.05.26)
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