意匠の利用関係について示した「机事件(大阪地裁)」を確認してみます。「机」と「書架付きの机(学習机)」とが類似するか、非類似でも侵害となることはあるか、「意匠の利用」とは何か、被告が自己の意匠権に基づく実施の場合でも侵害となるかなどが争点です。
この判決では、意匠権に基づき「製造販売等の差止め」が認められております。
- 本ページの解説動画:机事件(意匠権侵害訴訟):意匠の利用関係【動画】
目次(事件の概要)
- 原告登録意匠「机」と、被告意匠「書架付きの机」とは、類似するか。
- 「意匠の利用」とは何か。(意匠の利用とは?)
- 意匠の利用関係は、登録意匠と未登録意匠との間にも成立するか。
- 先願意匠権の排他権と、後願意匠権の実施権との調整
- 意匠の利用関係が成立する態様(物品が異なる場合、物品が同一の場合)
- 「意匠の類否」と「意匠の利用」との関係
- 本件登録意匠の特徴と、被告意匠の机部分との類否、利用関係
- 被告が自己の意匠権に基づく実施の場合でも侵害となるか。
以下、緑の枠内は、大阪地裁判決からの抜粋です。緑の枠の下は、弊所による読解内容を示しています。
詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。被告意匠のイ号図面、ロ号図面、ハ号図面についても、裁判所のウェブサイトからご確認いただけます(https://www.courts.go.jp)。
机事件:大阪地裁、昭和45年(ワ)第507号、昭和46年12月22日
原告登録意匠「机」と、被告意匠「書架付きの机」とは、類似するか。
本件登録意匠と被告意匠とを全体的に対比観察すると、
本件登録意匠は単なる机の意匠であるのに対し、被告意匠は机に書架を結合して一個の物品となした学習机の意匠であって、
両者の意匠にかかる物品は同一性がなく、
被告意匠は単なる机のみの意匠とは異なる審美感を惹起せしめるものと認められるから、
意匠全体を比較すれば両者は非類似であるといわねばならない。
◆「机」と「書架付き机」とは、非類似の意匠である。
「意匠の利用」とは何か。
意匠の利用とは、
「ある意匠」が
その構成要素中に「他の登録意匠又はこれに類似する意匠」の全部を、その特徴を破壊することなく、「他の構成要素」と区別しうる態様において包含し、
「この部分」と「他の構成要素」との結合により全体としては「他の登録意匠」とは非類似の一個の意匠をなしているが、
「この意匠」を実施すると必然的に「他の登録意匠」を実施する関係にある場合をいう
ものと解するのが相当である。
◆意匠の利用とは?
「ある意匠(A)」
→「他の登録意匠(B)又はその類似意匠(B´)」+「他の構成要素(C)」
→全体としては「他の登録意匠(B)」とは非類似
→実施すると必然的に「他の登録意匠(B)」を実施する関係
意匠の利用関係は、登録意匠と未登録意匠との間にも成立するか。
意匠法第26条は登録意匠相互間の利用関係について規定するが、
意匠の利用関係のみについていえば、他の登録意匠を利用する意匠はそれ自体必ずしも意匠登録を受けている意匠である必要はなく、
意匠の利用関係は登録意匠と未登録意匠との間にも成立するものであり、
「他人の登録意匠又はこれに類似する意匠」を利用した「未登録意匠」の実施が、他人の当該意匠権の侵害を構成することは勿論である。
先願意匠権の排他権と、後願意匠権の実施権との調整
意匠権者は「登録意匠及びこれに類似する意匠」の実施をする権利を専有する(意匠法第23条)。
そのため、「他人の登録意匠又はこれに類似する意匠」を利用した意匠がたまたま「自己の登録意匠又はこれに類似する意匠」である場合には、「利用された側の意匠権者の独占的排他権」と「利用する側の意匠権者の実施権」とが衝突するため、両者の関係を調整する必要がある。
意匠法第26条は、かかる場合、
双方の登録意匠の出願の先後関係により先願の権利を優先せしめ、
「後願の登録意匠又はこれに類似する意匠」が「先願の登録意匠又はこれに類似する意匠」を利用するものであるときは、「後願にかかる意匠権の実施権」をもって「先願にかかる意匠権の排他権」に対抗しえない
こととしたのである。
- 意匠法26条(他人の登録意匠等との関係)(2024年6月現在)
1 意匠権者、専用実施権者又は通常実施権者は、その登録意匠がその意匠登録出願の日前の出願に係る他人の登録意匠若しくはこれに類似する意匠、特許発明若しくは登録実用新案を利用するものであるとき、又はその意匠権のうち登録意匠に係る部分がその意匠登録出願の日前の出願に係る他人の特許権、実用新案権若しくは商標権若しくはその意匠登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、業としてその登録意匠の実施をすることができない。
2 意匠権者、専用実施権者又は通常実施権者は、その登録意匠に類似する意匠がその意匠登録出願の日前の出願に係る他人の登録意匠若しくはこれに類似する意匠、特許発明若しくは登録実用新案を利用するものであるとき、又はその意匠権のうち登録意匠に類似する意匠に係る部分がその意匠登録出願の日前の出願に係る他人の意匠権、特許権、実用新案権若しくは商標権若しくはその意匠登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、業としてその登録意匠に類似する意匠の実施をすることができない。
意匠の利用関係が成立する態様(物品が異なる場合、物品が同一の場合)
右のいずれの場合であつても、意匠中に他人の登録意匠の全部が、その特徴が破壊されることなく、他の部分と区別しうる態様において存在することを要し、もしこれが混然一体となつて彼此区別しえないときは、利用関係の成立は否定されることを免れない。
意匠の利用関係が成立する態様は、大別すると次の二つとなる。
その一は、意匠に係る物品が異なる場合である。A物品につき他人の登録意匠がある場合に、これと同一又は類似の意匠を現わしたA物品を部品とするB物品の意匠を実施するときである。
その二は、意匠に係る物品が同一である場合である。他人の登録意匠に更に形状、模様、色彩等を結合して全体としては別個の意匠としたときである。
いずれの場合であっても、
意匠中に他人の登録意匠の全部が、その特徴が破壊されることなく、他の部分と区別しうる態様において存在することを要し、
もしこれが混然一体となって彼此区別しえないときは、利用関係の成立は否定されることを免れない。
被告意匠に係る学習机は、
机部分と書架部分とを結合してなるもので、構成部品として机を包含し、
しかも外観上机部分と書架部分とは截然(せつぜん)と区別しうるものである。
従って、もし被告意匠の机部分が本件登録意匠と類似すると認められる場合には、
被告は「原告の登録意匠と類似の意匠を現わした机」を部品とする「学習机」の意匠を実施することに帰するので、
ここに利用関係の成立が肯定されることとなる。
「意匠の類否」と「意匠の利用」との関係
◆「意匠の類否の問題」と「意匠の利用の問題」との関係
【意匠の類否について】 意匠は、その全体から一個の美感が生ずるものであって、意匠の類否は結局類似した美感を与えるか否かにかかっているから、類否の判断にあたっては意匠の全体を相互に比較すべきことはいうまでもない。
【意匠の利用について】 意匠の利用関係の有無は、双方の意匠が全体観察においては非類似であることを承認しつつ、一方の意匠中に他の登録意匠の全部が包含されているか否かを問題とするものであるから、その判断は、一個の意匠を構成する一部が登録意匠全部と同一又は類似であるかを検討することによってなされるべきことはむしろ当然である。利用関係の成否を論ずるに当り、一個の意匠の一部を分離して観察の対象とすることは、決して意匠の本質を誤るものではない。
本件登録意匠の特徴と、被告意匠の机部分との類否、利用関係
本件登録意匠の中核をなす特徴と認める点は、
脚座に上下二段からなる天板脚を直立して据え付けた逆T字形脚によって天板を支持し、
天板脚の上段は扁平角筒状の鞘部とし、下段は多数のボルト係止孔を有する支柱となして上段の鞘部に嵌挿し、上段鞘部の側面に設けた調節ノブにより天板の高さを調節しうるようにし、
天板脚底部付近において角棒状の横杆をもって左右の逆T字形脚を連結し、
天板下に天板脚の前後にまたがった奥行きを有する袖抽斗を設けた形状にあるものと解せられ、
被告意匠の机部分がこの点において本件登録意匠と軌を一にしていることは既に認定したとおりである。
本件登録意匠と被告意匠の机部分との間の相異点は、
本件登録意匠と(これを本意匠として登録された)類似意匠との間にもみられるか、全体からみれば微細な差異であって、
いずれも本件登録意匠の要部に関する差異とはいえず、
これらの差異があるため被告意匠の机部分が本件登録意匠と異なつた印象を看者に与えるものとは認め難いところであるから、
被告意匠の机部分は本件登録意匠と類似するものと認めるのが相当である。
被告意匠は、本件登録意匠に類似する机の意匠の特徴を生かしそのまま包含している。また、被告意匠中において、机部分が書架部分と外観上截然(せつぜん)と区別しうる。
そのため、被告意匠を実施するときは、必然的に本件登録意匠を実施する関係にある。結局、被告意匠は本件登録意匠に類似する意匠を利用するものであるといわねばならない。
被告が自己の意匠権に基づく実施の場合でも侵害となるか。
被告意匠は、被告の有する学習机についての登録意匠に類似する意匠であり、被告意匠の実施は、登録意匠の意匠権に基づく実施とみられる。
けれども、被告の登録意匠は、本件登録意匠より後願にかかるものである。そのため、被告が自己の登録意匠の意匠権に基づく実施権をもって原告の本件登録意匠の意匠権に基づく排他権に対抗しえないことは、意匠法第26条第2項の規定上明らかである。
結局、被告の実施行為は、原告の本件登録意匠の意匠権を侵害するものというべきである。
関連情報
(作成2024.06.14、最終更新2024.06.25)
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