はじめに
「形状だけの意匠(形状のみの意匠)」とは何か、「形状だけの意匠」と「模様や色彩付きの意匠」との利用関係について示した「手提袋事件(意匠権の専用実施権の侵害差止め仮処分事件、千葉地裁)」を確認してみます。
「形状だけの意匠」に他人の意匠権がある場合に、これに模様や色彩を付すと、別意匠(非類似意匠)となることがあるか、別意匠なら権利者でなくても実施できるのか、実施するとどうなるのか、についてです。
この事件では、意匠権の専用実施権に基づく「製造販売の差止め」の仮処分申請が認められております。
以下、青字は、債務者側(権利者から侵害を問われている側)の主張や鑑定内容、赤字は裁判所の判断(債権者・権利者側に有利な判断)となっています。なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から全文をご確認ください。
意匠の利用関係については、「机事件(意匠権侵害訴訟):意匠の利用関係」もご覧ください。
手提袋事件:千葉地裁、昭和52年(ヨ)第253号、昭和55年1月28日
用紙地色と形状輪郭線との明度差に限定されるか
本件登録意匠群(本意匠及び類似意匠)は、手提袋の形状に関する意匠である。
一般に、物品の形状だけの意匠を出願する場合においても、意匠法施行規則によれば、「用紙は、トレーシングペーパー、…を用いる。図面は、…、黒色インキ…で鮮明に描くものとする。」旨定められているから、図面のうえで形状の輪郭とその余の部分に白黒の明度差のトーンが出るのは自明のことである。
たとえば、…シャツの形状に関する意匠の出願では、黒い線で胸のポケットの形状が描かれる。しかし、このような場合、T鑑定の考え方に従えば、生地が淡い一色で、それとは対照的な強い色調のポケットの縫い目がなければならないことになろうが、かように限定する必要も、また合理的理由も見い出し難い。
本件登録意匠群についても同様であって、T鑑定のように、地色は極めて淡い一色で、地色とファスナーや縫い目の線図模様との明度差は極めて大きく、ほとんど白黒に近い程度の差があるなどと解すべき合理的根拠を見い出すことはできない。
本件登録意匠群は手提袋の形状だけの意匠と解するのが相当である。
形状だけの意匠と余白の部分
T鑑定によれば、本件登録意匠群のファスナーや縫い目を形状と見ることもできる、しかし、かような形状だけの意匠において余白の部分は無模様かつ一色と解すべきである、としている。
しかし、一般に、形状だけの意匠の出願の際、出願者は余白の部分を無模様かつ一色と限定する積極的意思を有しないのがむしろ通常であろうし、また、模様、色彩と切り離された形状だけの意匠が存在しうることは意匠法2条1項の規定の文理上明らかである。
また、もしT鑑定の考え方に従えば、後述のとおり、ある形状だけの意匠登録が存在する場合に、これと同一の形状の物品であっても、それに目立つ模様が付されており、同物品の製造過程において、その模様が形状よりも先に出来るものでさえあれば、同物品の製造販売は右意匠権を侵害しないということに帰するから、かような意匠権者としては、その権利の保護をうけるために一々数限りなく存在しうる模様や色彩を限定して出願しなければならないこととなって、甚だ不合理である。
してみれば、形状だけの意匠において余白の部分は、模様、色彩の限定はないと解するのが相当である。
意匠の類否と利用関係
T鑑定は、形状だけの登録意匠と、これと同ーの形状であるが目立つ模様の付された意匠とは、別意匠と取扱うのが、古くからの特許庁の確立した取扱である、としているが、これと右の解釈とは何ら抵触するものではない。
即ち、形状だけの登録意匠は、形状についての創作思想を開示するにとどまり、模様や色彩については何らふれるところがないから、後に新規な模様を創作した者は、たとえ右の登録意匠と形状が同一であっても、別意匠として出願することができ、また、これに対応して、右の模様に新規性ないし創作性が認められれば、別個の意匠権を付与されて然るべきだからである。
しかし、かような後願の意匠が登録されうることと、先願意匠との利用関係の有無は別個の問題である。かような場合にも、後願意匠権と先願意匠権の調整の問題が残り、そのような場合のためにこそ意匠法26条の規定が存在するからである。
利用関係について
本件登録意匠群の形状と、債務者製品の形状とは、類似する。一方、債務者製品に多種多様な模様、色彩が施されていることは、明らかである。
ところで、意匠法26条の規定の趣旨は、単に先願意匠権と後願意匠権との調整の場合に限らず、先願意匠権と未登録の意匠の調整の場にも及ぼされるものと解される。
同条にいう「利用」とは、後願の登録(未登録)意匠を実施すれば、他人の先願の登録意匠もしくはこれに類似する意匠を全部実施することとなるが、逆に先願登録意匠もしくはこれに類似する意匠を実施しても後願登録(未登録)意匠の全部実施とはならない関係を指すと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、債務者製品の製造は本件登録意匠群(の形状)に類似する意匠を全面実施したことになり、逆に本件登録意匠群に類似する意匠を実施しても、(多種多様の模様、色彩の施された)債務者製品の意匠の全面実施とはならないこと明らかであるから、結局、債務者製品は、本件登録意匠群に類似する意匠を利用するものというべく、これを業として実施すれば、債権者の本件意匠権の専用実施権を侵害するものといわざるをえない。
この点につきT鑑定は、結論として右の利用関係を否定している。仮に、T鑑定の考え方に従えば、形状、模様、色彩が全く同一の物品であっても、その製造工程において、形状が先にできるものは利用関係があり、模様、色彩が先に生成されるものは利用関係がないこととなるが、かような結論は実質的にみて不合理である。また、少なくとも本件におけるような利用関係の判断にあたって、物品の製造過程を問題としなければならない合理的理由を見い出すことはできない。
参考情報
- 「特許と企業170号」1983年2月
- 昭和52年審判第11101号(意匠登録無効審判)
関連情報
(作成2024.06.29、最終更新2024.06.30)
Copyright©2024 Katanobu Koyama. ALL RIGHTS RESERVED.