意匠を特定するための六面図が整合せず互いに矛盾する場合、どのように取り扱うべきかを示した「学習机事件(意匠権侵害訴訟、大阪地裁)」を確認してみます。
この事件では、意匠権に基づく「製造販売の差止め」が認められております。
なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から全文をご確認ください。
- 本ページの解説動画:学習机事件:不一致の意匠図面の解釈(六面図に符合しない箇所がある場合)【動画】
学習机事件:大阪地裁、昭和44年(ワ)第3847号、昭和46年12月22日
(注)図面中の丸付き数字1~20は、下記判決文中の図面不整合箇所の検討(1)~(20)に対応します。部品名と共に、弊所で追記したものです。
主文
被告は、別紙イ号図面記載の学習杭を製造し、販売し又は拡布してはならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
理由
意匠公報に示されている本件登録意匠の図面には、
(a)底面図における袖抽斗(そでひきだし)の位置が正面図及び側面図のそれと左右反対に描かれ、
(b)また本来対称的に表現される筈(はず)の左側面図と右側面図とが全く同一に描かれており、
この点を捉えて被告は、本件登録意匠の図面はそれぞれくいちがった形状を表現しており、これを単なる作図上の誤記によるものと解することは許されず、意匠に係る物品の形象はもはや認識不可能と判断すべきであると主張する。
なるほど、意匠公報に示す六面図中に符合しない箇所がある場合、そのすべてを正しいものとするときは直ちに矛盾を生じ、該図面による立体的意匠を現わす物品は実在しえないことになる。
しかし、この場合に、符合しない箇所が意匠の本質的な点であり、そのため意匠の不特定を来し、創作者の意図した立体的意匠を客観的に想定するに由(よし)なき場合は格別、
(a)右符合しない箇所を当業者の常識をもつて合理的に善解しうる余地があるか、
(b)右不一致の箇所の何れが正しいかを未決定のまま保留しても、それが全体の意匠の把握に大した影響を及ぼさない程度の微細な点である場合には、
可能な限り右図面の記載を統一的、綜合的に判断して創作者の意図した意匠の具体的構成の究明につとめるのが条理上自然な解釈態度である。
意匠公報中の底面図は、机の前面を上側に、背面を下側にして作図されていることが他の図面と対照しておのずから明らかであるから、袖抽斗が机の正面向って左側にある状態を図示していることとなるが、後記(1)に説示するとおり底面図は誤って左右反対に作図されたものと認めるのが常識に適(かな)うものと考えられる。
また、左側面図はそれだけ見ても、この図示を正しいものとするときは使用者が書架の背面側に坐(ざ)することとなり著しく通常の使用方法に反するから、誤って右側面を図示したものではないかと直感せしめるものであり、これに加えて、左右側面図以外の各図面によると、本件登録意匠は側面視において左右対称に表われるものであることが明瞭であるから、左側面図は机の前面を右側に、背面を左側にして作図すべきところを誤って左右裏返しに作図したものであることが容易に推測される。
このように見るときは、意匠公報の図面から一個のまとまった立体形状を想定することは不可能ではない。
被告は更に、本件登録意匠の図面の表現を右の趣旨に善解したうえで意匠の構成を理解しようとしても、右図面からは幾とおりもの意匠が想定され、唯一の特定した意匠が客観的に記載されていないから、結局本件登録意匠の構成を知ることができない旨主張し、多岐にわたりその根拠とするところを指摘しているので、以下右主張に対して順次判断を示すこととする。
(1) 袖抽斗(そでひきだし)の位置について。本件登録意匠の図面には、正面図のほか背面図にも袖抽斗は天板下の正面から向って右側に位置するように描かれており、ひとり底面図においてのみ天板下左側に位置するように描かれているから、底面図の記載は作図上の誤記であると解するのが相当で、本件登録意匠の袖抽斗は天板下右側にあるものと認められる。
(2) 引手(ひきて)の有無について。正面図、底面図及び右側面図によれば、各抽斗の前面中央部に低い椀状輪廓(りんかく)をなした引手があり、その上縁が袖斗前面から僅かに突出していることを窺うに十分であるから、左側面図に引手上縁の突出部分が描かれていないのは作図に当り遺脱(いだつ)したものと認むべきである。
(3) 脚座の底面について。正面図、背面図、左右側面図の記載から考えると、脚座を底面から見た場合、形状としては底面の外廓(がいかく)が表われるのみであるから、底面図において脚座の底面に横線が描かれているのは、形状を示したものでなく、模様を示したものと解するのが相当である。
(4) 天板受梁先端部の縦巾について。正面図と側面図とは同一縮尺をもって描かれているにもかかわらず、天板受梁先端の上下の巾が正面図においては公報図面上の実測で約1ミリに、左右側面図においては公報図面上の実測で約2ミリ弱に描かれているが、意匠を記載した図面は寸分の狂いも許されない設計図面とは異なり、意匠を特定しうる程度に作成されていれば足りるものと解すべく、正面図及び側面図のいずれによるも、天板受梁が前半部下面をテーパー状に削いで受梁高さの約3分の1程度を先端部に残した形状であることを優に認めることができるから、前叙の如き図面上の微細な寸法の不一致は意匠を特定する妨げとなすに足りないものである。
(5) 天板受梁先端部の意匠部分について。左右側面図における天板受梁の先端に描かれている二本線は、稜線を示したものと解しうるので、天板受梁先端部の形状又は模様が不明であるとすることはできない。
(6) 書架側板の後端位置について。書架側板の後端縁は、背面図によれば書架脚に食い込んでいるように描かれ、平面図によれば書架脚前面に接しているように描かれているが、書架脚自体が前後方向に扁平な角柱であり、側板の厚みも薄いものであるから、書架脚と側板との接合状態は殆んど人目につくことがなく、正面図及び側面図によって側板が書架脚から前方に突設されていることが理解できる以上、側板後端縁の位置が書架脚の背面まで達しているか、それとも書架脚の前面に接するだけであるのかは、文字どおり微差にすぎず、かかる点が図面上両様(りょうよう)に解されるとしても、未だ意匠の同一性の特定を害するものとは解せられない。
(7) 書棚支柱上部外側のネジ頭について。正面図、背面図及び右側面図によれば、書架支柱上部両外側にネジ頭が僅かに突出していることが確認できるから、平面図に右突出部分が描かれていないのは作図に当り遺脱したものと認むべきである。
(8) 書架脚の天板に対する取付位置について。底面図及び左右側面図によると、書架脚は天板後部端縁に接して取り付けるものであることが理解できる。平面図において書架脚が一見天板後部端縁に一部食い込んでいるように描かれているのは、底面図及び左右側面図と対照すれば、天板輪廓稜線を示す二重線を巾広く書き過ぎたためであることを窺うに難くない。
(9) 袖抽斗の右側面の形状について。正面図によれば、袖抽斗の右側面は天板脚に接し、その上部は支柱の巾より若干広い巾の天板受に接するものであることが認められるが、これを左右側面から見た場合には、必ずしも袖抽斗側面の支柱に接している部分と天板受に接している部分の境界線が側面図に表われる筈(はず)のものとはいえないので、この点に関する被告の指摘は当らず、正面図と側面図との間に表現の不一致はない。
(10) 袖抽斗の右側面の位置について。正面図及び背面図によれば、袖抽斗の右側面は右側天板脚に接していることを理解するに十分であるから、底面図において天板脚内側に抽斗側面輪廓線が描かれているのは、正面図及び背面図と対照すれば誤記であることが確認できる。
(11) 抽斗前面と受梁との相対位置関係について。左右側面図には抽斗の前面が天板受梁前端より僅かに前方に位置するように描かれているのに対し、底面図には両者が殆んど同一線上に位置するように描かれている。しかし両図面の差異は辛うじて識別できる程度の微差であり、厳密な表現の要求される設計図面と異なり、意匠を記載した図面の作図としては、この程度の差異があっても抽斗前面が天板前縁近くに形成されていることを理解しうる以上、上記差異が意匠の範囲を知るうえでその特定についての妨げとなるものとは認め難い。
(12) 天板脚下端部の横杆による連結について。正面図及び背面図によれば、左右天板脚はその下端の脚座に接する部分において横杆により連結されていることが容易に理解できる。底面図において横杆が左側天板脚に達する直前において切れているように描かれているのは、本来左側天板脚内側に位置していない袖抽斗の輪廓線を誤って書き加えたためであることは一見して明らかである。
(13) 逆T字型脚の構造について。正面図、背面図及び左右側面図を綜合すれば、天板脚は上下二段からなり、上部を角状の鞘形とし、下部を角形の支柱として脚座上に据え付け、鞘形と支柱との外面寸法の差異は側面視においてはやや大きく、前後視においては小さいものであることを理解するに足りる。従って、公報図面の如く極度に縮尺された図面において、正面図及び背面図に鞘形の巾と下部支柱の巾とが殆んど相等しく表現されているとしても何ら異(い)とするに足りず、この点に関する被告の指摘は当らない。
(14) 袖抽斗の天板に対する取付位置について。袖抽斗前面と天板前部端縁、袖抽斗背面と天板背部端縁との各間隔の比率は、底面図でほぼ相等しく描かれ、側面図では前部が後部より小さく、抽斗が天板後縁よりも前縁寄りに位置するように描かれているけれども、底面図及び側面図を通じて袖抽斗の前面及び背面は天板の前後端縁よりいずれもやや内側寄りに位置して取り付けられていることが理解できるから、両図面の不一致の程度は極めて僅かであつて、意匠の特定の見地からは問題とするに足りない程度のものである。
(15) 脚座と天板との相対的位置関係について。脚座の前後端縁は、側面図では天板の前後端と同一垂線上に位置するように描かれているのに対し、底面図ではむしろ天板前後端より後方寄りにずれた位置にあるように描かれているけれども、右両図面のいずれによっても脚座の長さは天板の奥行きとほぼ同等であることが窺われるうえに両図面における脚座の天板に対する相対位置のずれの程度も極めて僅かであるので、両図面の不一致は意匠の範囲を知りうる限度で天板に特定する妨げとはならないと認める。
(16) 書架横杆の厚みについて。左右書架脚間に設けられた横杆の厚みは、公報図面上の実測では平面図で約0.5ミリ巾、底面図で約0.9ミリ巾に描かれており、両図面は正確性を欠くきらいなしとしないけれども、いずれにしても横杆の断面が縦長の矩形であり、横杆の後端縁は両書架脚背面を結んだ線より前方にあることを理解しうるから、意匠を記載した図面としてはこの程度の表現上の差異があっても意匠を特定するに不十分ということはできない。
(17) 書架脚の厚みについて。被告には、書架脚の厚みが平面図及び側面図と底面図とでは相異なつて表現されているというが、本件登録意匠を底面視した場合には書架脚前端縁付近は脚座後端部に蔽い隠されて見えなくなる筈であり、底面図は正にそのような状況を図示したものであって、平面及び側面図との間に実質上不一致があるとはいえないので、この点に関する被告の指摘は当らない。
(18) フックの取付構造について。正面図、背面図、底面図及び側面図を綜合すると、左右天板受梁下縁には天板脚後方寄りの位置にフックが取り付けられ、このフックの形状はV字形基幹の先端部に折曲した鉤部が重なっており、V字形基幹部は受梁下縁から垂下し、先端鉤状の折曲部分が外側を向いていることが認められるので、フックの取付構造が図面上不明確であるとの被告の所論は当らない。
(19) フックの形状について。右(18)において説示したとおりであり、底面図示が背面図及び側面図の表現と符合していないとは認められない。
(20) 天板脚を連結する横杆の取付ネジについて。正面図、背面図及び側面図には、左右天板脚の横杆に接する箇所の外側方にネジ頭が描かれており、左右天板脚は横杆によって連結され、その連結は左右外側からネジ止めによりなされることがこれらの図面によって明らかであるから、底面図においてネジ頭が図示されていないのは作図に当り記載を遺脱したものであることを窺うに十分である。
以上説示の如く、本件意匠公報はこれに示す六面図を克明に対照検討するときは、幾多の不備誤謬(ごびゅう)等が見出されるので不正確のそしりは免れないが、それにも拘らず本件登録意匠は公報図面に基づいてその構成を理解することがなお可能であり、その意匠が構成上不特定であるとは認め難いので、これを相容れない被告の主張は到底採用できない。
本件登録意匠とイ号物件の意匠を対比して両者の類否を検討する。
両者は、いずれも、
長方形の天板の左右両側部下方に天板受梁を設け、これに天板の中央よりやや後方の位置で脚座に上下(上段は鞘部、下段は支柱)からなる天板脚を取り付けた逆T字型脚をそれぞれ取り付け、その両逆T字型脚の底部に横杆を取り付け、天板右下内側に右側天板脚と接して袖抽斗を取り付けてなる机本体に、
天板背面端縁の左右両側部内方に各一本の天板奥行とほぼ同じ長さの書架脚を天板と直角にそれぞれ取り付け、書架上半部前方に梯形(ていけい)(台形)の側板を突設し、両脚間上部に横杆を、また両側板間下部に棚板を取り付け、その横杆と棚板の間に仕切りを設けてなる書架を結合した全体的形状において一致しているほか、
部分的にも、天板脚部分につき上段鞘形部の側面にノブ付係止ネジを、下段支柱に数個のネジ孔を設けた点、
袖抽斗部分につきその巾を両天板脚間の中央未満とし、全体の高さを天板脚の上下接続位置と同じくし、これに抽斗を三段設け、下方を空間とし、さらに奥行において側面が天板脚部から前方を大きく後方を小さく表われるようにした点
において基本的に一致しているが、その反面、部分的に両者の間には次のような相異点がみられる。
(1)~(11) ・・・省略・・・
しかし、右認定の両者の意匠に差異の存する点は、そのすべてが意匠としては全体からみて細部の差異であるばかりでなく、
学習机はその性質上正面及び側面を天板よりやや高い視点から見た外観が最も視覚に訴えるものであって、(1)の如き天板直下の側面部分や(2)の如き脚廻り部分、さらに(11)の如き天板裏の部分における各差異は人目に触れにくい部分に関するものというべきであり、
また(3)ないし(10)の差異は、いずれも極めてありふれたもので特徴がないため、機能的にはともかく、意匠的には看者に異なつた印象を与えるに足りないものと認められる。
これに対して、両者の意匠の一致している、下部を横杆で連結した逆T字型脚を天板の中央より後方に配置して取り付けた机本体の天板背部から二本の脚を直立させその脚の上部前面に梯形(ていけい)(台形)側板を有する書架を取り付けた点は、本件登録意匠の創作者が特に看者の注意を惹くように意図して構成した、いわば最も創意の存する基本的部分であることが成立に争いのない甲第3号証(鑑定書)によって認められ、
この部分を含めた全体的形状及び袖抽斗を含めた各部の主要な形状が一致していること前叙のとおりである以上、前記(1)ないし(11)の如き差異あるために両者が看者に異なつた審美感を与えるものとは謂(い)い難く、畢竟(ひっきょう)、右差異あるにかかわらずイ号物件の意匠は全体として本件登録意匠に類似するものと認めるのが相当である。
(イ)~(ニ)が、本件登録意匠の出願前に市販され、その意匠が公知となっていることは認められるけれども、これら意匠は、いずれも本件登録意匠と一部共通な要素を含んでいるにせよ、本件登録意匠において創作者が最も苦心したとみられる、天板後端縁に支柱によつて取り付けた書架と机本体とのバランスをとるために逆T字型脚を天板の中央より後方に配置した着想は右(イ)ないし(ニ)の意匠のいずれにも見受けられないところであり、本件登録意匠は右着想を核心としつつ先行意匠の部分的要素を結合させて一体化したものということができる。
そうすると本件登録意匠の要部を構成している机本体部の基本形状、書架の取付状態、書架側面の形状の諸要素の一体的結合には、それなりの新規性、創作性を肯定することができるのであつて、これと異なる前提に立って本件登録意匠とイ号物件の意匠を非類似であるとする被告の主張は失当といわねばならない。
関連情報
(作成2024.07.27、最終更新2024.07.27)
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