電気かみそり用カッター事件:「図面」と「意匠の説明」の不一致、図面相互も不一致

意匠登録後、図面と文章とが一致せず、図面相互も一致しないので、意匠登録が無効となった「電気かみそり用カッター事件」を確認してみます。判決読解の前提として、「六面図とは何か」、「六面図を構成する図の省略」、「図の対称と同一の違い」、「対称かつ同一の場合」についても、確認してみます。

目次

 


はじめに

意匠登録後、【図面】と【意匠の説明】が一致せず、また、【図面】相互も一致しないことを理由に、意匠法第3条第1項柱書の「工業上利用することができる意匠」に該当しないとして、登録が無効となったので、権利者がその取消しを求めて東京高裁に出訴した事件です。

裁判所は、特許庁の判断を支持し、原告(意匠権者)の請求を棄却しました。その理由を確認してみます。

 


≪判決読解の前提1≫

六面図と図面の省略について

意匠は、典型的には、六面図により特定されます。六面図とは、正投影図法により各図同一縮尺で作成した正面図背面図左側面図右側面図平面図及び底面図からなる一組の図をいいます。

但し、一部の図を省略できる場合もあります。たとえば、正面図と背面図が同一又は対称の場合、背面図を省略することができます。また、左側面図と右側面図が同一又は対称の場合、一方の側面図を省略することができます。図を省略する場合、その旨を願書の【意匠の説明】の欄に記載します。

六面図について、詳しくは「六面図とは」をご覧ください。また、「同一又は対称の場合」とは具体的にどのような場合をいうのかについては、次に述べる「図の「対称」と「同一」の違い」をご覧ください。

 


≪判決読解の前提2≫

図の「対称」と「同一」の違い

斜視図と、正面図及び背面図の例を示します。

図の「対称」と「同一」の違い:意匠図面の省略:背面図は、正面図と対称にあらわれる。背面図は、正面図と同一にあらわれる。背面図は、正面図と対称・同一にあらわれる。

  • 左の例では、背面図は、正面図と対称にあらわれます。
  • 中央の例では、背面図は、正面図と同一にあらわれます。
  • 右の例では、背面図は、正面図と対称または同一(対称かつ同一)にあらわれます。これは、正面図自体の形態が左右対称である場合に限られます。

いずれの場合も、その旨を願書の【意匠の説明】の欄に記載して、背面図を省略することができます。

ここでは、正面図と背面図との関係について述べましたが、左側面図と右側面図との関係、平面図と底面図との関係についても、同様です。

 


電気かみそり用カッター事件:東京高裁、昭和56年(行ケ)第279号、昭和62年5月28日

電気かみそり用カッター事件:「図面」と「意匠の説明」の不一致、図面相互も不一致

以下、青字は、原告(意匠権者)の主張や権利内容、赤字ピンク字は、裁判所の判断となっています。なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。

 


本件審決を取り消すべき事由の有無について

原告は、

本件登録意匠の本質的重要部分は、願書添付の図面から正確に特定することが可能であり、また、この部分を含む全体としての二又腕の態様にみられる相違は、当業者が常識をもって合理的に理解できる範囲の微差にすぎないものであるから、

願書添付の図面を統一的、合理的に判断すれば、本件登録意匠の具体的構成は十分特定することができるにもかかわらず、

本件審決は、願書添付の図面から本件登録意匠の形態を把握することができず、したがって、本件登録意匠は、その特性を欠き、意匠法第3条第1項柱書きに規定する工業上利用することができる意匠に該当しないとの誤った結論を導いたものであって、違法として取り消されるべきである旨主張する。

 

しかし、原告の上主張は、すべて理由がないものというべきである。

 

すなわち、本件登録意匠は、

意匠に係る物品を「電気かみそり用カッター」とする意匠であって、

意匠の説明の欄には、「背面図は正面図と、左側面図は右側面図と各々対称にあらわれるため省略する。」との記載があり、

図面には、正面図右側面図平面図底面図及び斜視図が図示されていることが認められるところ、

各図面の記載からすると、本件登録意匠の形態は、電気かみそり用カッターのディスクの基部の周りに形状の異なる2本の二又腕を有するほぼ同型のY型腕が6個、いずれも平面図からみて右回りに等間隔をもって配置され、各二又腕の先端部分は垂下され、かつ、その端面が円周方向から折れるように回転方向に向かってねじられ、その先端に設けられた刃部は、上ディスクの中心軸から外側に向かってのばした放射線に対しその外端が回転方向と逆方向に約30度の角度をもって設けられていることが認められる。

 

上形態からすると、Y型腕の先端より垂下された二又腕の端面の形態については、背面図は正面図と同様に、左側面図は右側面図と同様に表れるはずで、背面図と正面図が、また、左側面図と右側面図が対称に表れることは、正面図及び右側面図自体の形態が左右対称である場合以外は有り得ないところ、願書添付の図面によれば、正面図及び右側面図自体の形態が左右対称ではないから、結局、願書に記載された意匠の説明は誤っていることになり、本件登録意匠の図面の記載と意匠の説明とは一致していないことになる。

 

原告は、意匠の説明にいう「対称」とは、「回転対称」と解することができる旨主張するが、

意匠登録出願の図面は、意匠法施行規則により正投象図(正投影図)により作成した図面であることを要し、上図法において「対称」とは「線対称」をいうものと解すべきであるから、

本件登録意匠の意匠登録出願の願書に添付した図面も正投象図法(正投影図法)により作成されたものでその「意匠の説明」の欄に記載の「対称」なる文言も「線対称」を指称するものと認めるべきであり、

したがって、原告の叙上主張は採用するに由(よし)ない主張といわざるを得ない。

 

ところで、本件登録意匠の形態は、前認定のとおり、カッターのディスクの基部の周りにほぼ同型のY型腕が6個、いずれも等間隔をもって配置されているものであるから、各Y型腕は、いずれも60度の間隔をもって配置されているものと認められ、正面図(背面図)と右側面図(左側面図)とでは30度の位相のずれがあり、

したがって、正面図(背面図)と右側面図(左側面図)とが対称に表れることはもちろん、同一に表れることもないはずであるところ、願書添付の正面図と右側面図とは、両者を対比すれば明らかなようにほぼ対称に記載されており、願書添付の図面中正面図と右側面図も整合していないこと明らかであり、

更に、願書添付の平面図と底面図を重ね合わせてみると、両図は一部において重ならず、ほぼ同一であるということができるとしても同一であるとはいえないことも明らかであり、

また、正面図と平面図とが整合しないことも明らかである。

 

以上のように、本件登録意匠は、

 ・願書添付の図面と意匠の説明との間
 ・正面図と右側面図との間
 ・平面図と底面図との間
 ・正面図と平面図との間

に前認定説示のような一致しない点があり、しかも、その違いの程度はわずかなものではなくて顕著であるから、結局、本件登録意匠は、参考斜視図を参酌しても、特定し得ないものといわざるを得ない

 

原告は、本件登録意匠のうち、本質的に重要な部分は、二又腕の端部の曲がり具合とひねり具合、刃部の形状及び各刃部相互の位置関係であることは明白であり、上の点は願書添付の平面図、底面図及び斜視図から正確に特定することができる旨主張するが、

願書添付の参考斜視図によれば、二又腕の端部が曲げられ、ねじり(ひねり)が加えられていることを部分的に見いだすことができ、かつ、本件登録意匠に係る物品が電気かみそり用カッターであることや参考斜視図を勘酌して平面図及び底面図をみると、前認定のとおり、二又腕の先端部に形成された刃部の向き及び各刃部の間隔が等しいことは認められるものの、

図面からは、意匠に係る電気かみそり用カッター全体の二又腕の曲がり具合、ひねり具合(ねじり具合)を特定することができないばかりか、かえって、本件登録意匠の正面図及び右側面図には、原告が本件登録意匠の本質的部分であると主張する二又腕の端部の形態として、「曲げ」も「ひねり」(ねじり)もない垂直な二又腕の端部も描かれていることが認められ、

結局、二又腕の曲げの状態やひねり(ねじり)の状態を具現すべく描かれた正面図及び右側面図から本件登録意匠における二又腕の曲がり具合やひねり具合(ねじり具合)を特定することはできず、したがって、原告の上主張は、採用することができない。

 

また、原告は、意匠登録出願の際に添付する図面は、創作した意匠を意匠登録用に改めて描き直したものであるから、図面即意匠ではなく、図面が人の手によって描示されるものである以上、そこに間違いや不備が起こるのは当然であって看者がその図面を直ちに実施できるものである必要はなく、各図が大体において一致しており、不一致箇所が当業者の常識をもって合理的に善解し得る余地があるときは、意匠は特定され、具体化されているものというべきである旨主張するが、

出願に係る意匠は願書に添付される意匠を記載した図面(あるいは図面に代わる写真、ひな形又は見本)それ自体によって完結的に明確に特定されなければならないのであって、

前認定のとおり、本件登録意匠においては、意匠の説明と図面がー致しないばかりか、図面相互もー致しておらず、しかも、その違いは明らかな誤記と認められるようなものではないから、出願に係る意匠が図面それ自体によって完結的に特定されているといえず、したがって、原告の上主張も採用することができない。

 

更に、原告は、積極的に参考斜視図を活用して意匠の特定に努めるべきである旨主張するが、

前認定のとおり、本件登録意匠においては、参考斜視図を十分参酌しても、出願に係る意匠を特定することができないのであるから、原告の上主張は採用の限りでない。

 

叙上認定説示したところによれば、

本件登録意匠は、意匠登録出願の願書添付の図面と願書に記載された意匠の説明とが一致しないばかりか、図面も相互に一致していないから、

図面及び意匠の説明に基づいてその意匠、特に二又腕の端部の形状を特定することはできないものといわざるを得ず、しかも、二又腕の端部の形状は、本件登録意匠を構成するうえで重要な部分であるということができるから、

この部分について特定性を欠く意匠は、結局、本件審決の認定判断のとおり、意匠法第3条第1項柱書きに規定する工業上利用することができる意匠に該当するものということができない

 


参考情報

 


関連情報

 


(作成2024.08.16、最終更新2024.08.22)
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