はじめに
図面と文章とが一致せず、図面相互も一致しないので、「工業上利用することができる意匠」に該当しないとして、登録を無効とされた意匠に基づき、後願意匠を拒絶できるかが争われた事件です。
引用意匠の無効審判の審決取消訴訟については、『電気かみそり用カッター事件:「図面」と「意匠の説明」の不一致、図面相互も不一致』をご覧ください。
なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。
- 本ページの解説動画:電気かみそり用カッター事件2:図面に不備がある引用意匠に基づく拒絶【動画】
電気かみそり用カッター事件2:東京高裁、昭和60年(行ケ)第158号、昭和63年4月20日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「電気かみそり用カッター」とする図面代用見本に示される意匠(本願意匠)につき意匠登録出願をしたが、拒絶査定を受けたので、これに対し審判の請求をした。
特許庁は、同請求を審理した上、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、原告に送達された。
審決の内容
本願意匠は、引用意匠と意匠に係る形態のうち、一部の相違点につき差異が認められるにすぎないものであり、意匠に係る物品が一致し、意匠に係る形態についても上記相違点を除き、一致又は共通していると認められるものであり、全体として引用意匠に類似するものといわざるをえない。
よって、本願意匠は、意匠法3条1項三号に規定する意匠に該当するものであるから、意匠登録をすることができない。
原告(出願人)主張の「審決を取り消すべき事由」
審決は、特定不能であることが明瞭な引用意匠の存在を理由に本願意匠の登録を拒絶し(取消事由(1))、仮に引用意匠を類否判断の基準とすることが可能であるにしても、両意匠の類否の判断を誤って、誤った結論に至ったものであり(取消事由(2))、違法として取り消されなければならない。
原告(出願人)主張の取消事由(1)について
引用意匠の意匠登録は、昭和53年審判第14007号事件の昭和56年6月22日付審決により、「意匠の重要な部分について特定性を欠く意匠は、結局、工業上利用することができる意匠に該当しない。」として無効とされ、この審決は、東京高等裁判所昭和56年(行ケ)第279号事件の昭和62年5月28日付判決によって支持されている。
右審決及び判決の理由に述べられているとおり、引用例の図面は、「背面図は正面図と、左側面図は右側面図と対称にあらわれる」との意匠の説明と一致せず、正面図、右側面図、平面図、底面図には顕著に一致しない点があり、その違いの程度は右添付図面の参考斜視図を参酌しても特定できないものである。したがって、特定した形態を想定できない引用意匠をもって本願意匠との類否を判断すること自体不可能なことであり、この点を看過して本願意匠の登録を拒絶した審決は違法である。
被告は、引用意匠が特定できないことを理由にその意匠登録を無効とした審決及びこれを支持した判決の理由を認めながら、他方で引用意匠の特定は可能であると主張するが、これは明らかに矛盾した主張である。引用意匠の大まかな特定が仮に可能であるとしても、引用例の図面からは多くの形態の意匠が想定できるから、そのうちのどの意匠と本願意匠とを比較したかの前提が欠如している審決の判断は無意味であり、それが合理的である理由は見出すことができない。
被告(特許庁)の反論
引用意匠の意匠登録が図面の記載不備の理由で無効であるとしても、それは、意匠法施行規則に従った図面を添付して意匠を特定しない限り登録を受けることができない、といういわば手続上の不備により無効となったものである。そして、このように権利を設定するのに必要な図面の特定性と、ある物品の意匠を引用例として用いる場合のおおよその形態を認識するに足りるだけの特定性とは異なるものである。正投象図法の六面図すべてが正しく整合していなければ形態を特定できず、引用例として用いることができないという理由は全くない。
本件においても、引用例の図面の平面図、底面図及び参考斜視図は相互にほぼ整合しており、これらの三面図から審決がその理由の要点3で認定した基本的形状、基本的構成態様、具体的構成態様を導き出して特定し、本願意匠との類否を判断することは十分に可能である。
したがって、原告の取消事由(1)の主張は理由がない。
裁判所の判断:取消事由(1)について
引用意匠の意匠登録が原告主張の審決により意匠の重要な部分について特定性を欠くとの理由で無効とされ、この審決が原告主張の判決により支持されたこと、引用意匠を示すその願書添付の図面がその意匠の説明と一致せず、原告主張のとおり図面相互間に一致しない点があることは、当事者間に争いがない。
しかしながら、引用例の図面によれば、引用例に示される電気かみそり用カッターの形態は、基板部を平板状に形成し、この基板部周縁に両側を凹弧状としたつけ根を有し先端寄りが二股に分岐したY字形の腕部6枚をほぼ等間隔、放射状に設け、その12枚の各分岐肢を基板部に対して直角方向に折曲して垂下し、各分岐肢先端を切刃となるように漸次細幅状に形成したものであり、基板部の中央には、二つの五角形をそれぞれその一辺において連接した形状の透孔が穿設され、この透孔には直径方向に橋絡する一本の長形部材がたすき掛け状に配設されており、底面から見たとき、基盤部には一定幅の環状模様があり、その内側円周間に直径方向に長径部材が橋絡している平面模様が付されているものであると認められる。
そして、引用例の図面の平面図、底面図及び参考斜視図は正確にいえば整合しない点があるが、前示認定の形態を特定するに足りる程度においてはほぼ整合しているといってさしつかえないと認められ、
また、その正面図と右側面図、正面図と平面図とは整合せず、この不整合は、12枚の分岐肢が基板部に対して直角方向に折曲して垂下した部分の曲がり具合、捻り具合を正確に特定するために妨げとなるものではあるが、前示認定の形態、特に各分岐肢につき、それらが基板部に対して直角方向に折曲して垂下し、各分岐肢先端を切刃となるように漸次細幅状に形成されていることを認定する程度においては、その妨げとなるものではないと認められる。
そうすると、引用例の図面における図面の不備は、前示認定のとおりに引用意匠の示す形態を特定し、これを本願意匠と対比してその類否を判断する妨げとなる程度のものと認めることはできないといわなければならない。そして、審決が本願意匠との一致点、共通点、相違点を認定するために特定した引用意匠の形態は、右に認定した引用意匠の形態以上のものでないことが認められるから、審決が引用例の図面からその認定に係る引用意匠の形態を特定したことにつき、原告主張の誤りはないといわなければならない。
したがって、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。
関連情報
(作成2024.08.22、最終更新2024.08.22)
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