鍵材事件:図面が不明瞭・不明確であるため意匠を特定できない場合

はじめに

図面が不明瞭又は不明確であるため、意匠を特定することができず、意匠法第3条第1項柱書の「工業上利用することができる意匠」に該当しない、とした拒絶審決の取消訴訟です。次の点が争点です。

  • 意匠が図面それ自体によって完結的に特定されているか
  • 審査において、本願意匠の形態の特定がなされ、類否判断を行っている場合はどうか
  • 出願後に現物や参考斜視図を提出した場合はどうか
  • 参考斜視図と6面図が一致しないときはどうか

なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。

 


鍵材事件:知財高裁、平成18年(行ケ)第10451号、平成18年12月25日

主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

事案の概要

本件は、原告が「鍵材」の意匠につき意匠登録出願をしたところ、拒絶査定を受けたため、これを不服として審判請求をしたが、特許庁が請求不成立の審決をしたことから、その取消しを求めた事案である。

 

審決の内容

本願意匠は、図面が不明りょう又は不明確であるため、意匠を特定して認定することができず、いまだ具体的なものとは認められないから、意匠法3条1項柱書きに規定する「工業上利用することができる意匠」に該当しない、としたものである。

 

裁判所の判断

(1)本願は、意匠に係る物品を「鍵材」とする、ディンプル部分(くぼみ部、凹部)の部分意匠の意匠登録出願であることが認められる。

本願意匠は、鍵材のディンプル部分の部分意匠であるから、正にディンプル部分の形状が具体的に特定されなければならないところ、願書の意匠の説明欄には、「実線で囲まれた部分が、部分意匠として意匠登録を受けようとする部分である」と記載され、願書に添付された6面図中の左側面図及び右側面図に実線によりディンプル部分の開口縁及び底縁の形状が記載され、左側面図のA-A’断面図にディンプル部分の断面形状が記載されているが、いずれもその作図はごく小さいものである。

これらの記載では、ディンプル部の開口端縁部の形状について、左側面図及び右側面図の作図が小さいにもかかわらず実線が太いため、四隅の態様が不明であり、また、実線と鍵材本体を示す破線とが重なり合っているため、ディンプル部が、鍵穴差込部の側面と鍵穴差込部の平面(又は底面)と接する位置から形成されているのか、該側面の端部に余地を残して形成されているのかが明確になっておらず、開口端縁部の形状を特定することができない

ディンプル部の底部の形状については、側面から見て円形であるとしても、A-A’断面図が小さく作図されているのに比し描線が太いため、この断面図において上方の凹部と下方の凹部の底部の形状が同じであるのか異なっているのか判然とせず、直線状であるか曲線状であるかも不明である。また、個々のディンプルの形状を開示した図面(切断位置を変えた断面図、拡大図等)が添付されていないため、本願意匠のディンプル部の形状を特定することは不可能である

さらに、ディンプル部の周面部の形状について、本願意匠のディンプル部は、左側面図及び右側面図によると、その開口端縁部が丸みを帯びた矩形状であることは認識できるものの、本願の願書の記載事項及び添付図面からは、矩形状の開口端縁部から底部の円形に至るまでの形状が、どのような面(平面又は曲面)を構成しているのか明確になっておらず、ディンプル部の凹部の周面部を具体的に特定して認定することができない

以上のとおりであるから、本願意匠は、願書の記載事項及び添付された図面に基づいては、出願に係る意匠を特定して認定することができないものであり、意匠が図面それ自体によって完結的に特定されていないというほかない

 

(2)原告は、特許庁は、審査段階では類否判断を行った上、新規性なしとの判断(拒絶理由通知書)をしているところ、意匠法52条が準用する特許法158条は、「審査においてした手続は、拒絶査定不服審判においても、その効力を有する。」と規定しており、審査段階において行った拒絶理由通知は、拒絶査定不服審判においても効力を有することとなるから、意匠の類否判断を行ったということは、その形態を特定できているということにほかならないと主張する

しかし、意匠法52条が準用する特許法158条の規定は、審査でした拒絶理由通知等の手続がそのまま審判でも効力を有する旨を規定したものにすぎず、審査における認定判断が審判を拘束する旨を規定したものではなく、原告の主張は、上記規定を正しく理解しないものというほかない。

審判において、拒絶査定と異なる拒絶の理由を発見した場合には、新たに拒絶の理由を通知し、意見を求めた後に審決することができる(意匠法50条3項)。審査において、本願意匠の形態の特定がなされ、類否判断を行っているとしても、これが審判の認定判断を拘束する理由はなく、また、本願意匠は、願書の記載事項及び添付された図面に基づいて意匠を特定して認定することができないことは、前記のとおりである。

 

(3)また、原告は、出願段階の意見書提出時及び審判請求時において現物を提出し、これは肉眼で見て十分認識できるものであり、また、原告が提出した参考斜視図は、これ以上分かり易い書面はないと主張する。

しかし、原告が出願段階の意見書提出時及び審判請求時において提出したと主張する現物は、意匠法6条2項のひな形、見本(出願時に願書に添付する図面に代えて提出することができるひな形、見本)として提出されたものとは認められないから、その現物に基づき本願の意匠が特定されるということはできない

 

(4)また、原告は、手続補正書中に記載された参考斜視図は、原告商品のパンフレットに掲載されていたものであり、これ以上分かり易い書面はないとも主張する。

しかし、上記参考斜視図のディンプル部の配置構成をみると、本願の願書に添付された図面(6面図)に記載された意匠のディンプル部の配置構成のように両側面に略同形状のディンプル部が2個ずつ対向するように配されたものとは異なり、上記6面図の記載と一致しないものである。そして、上記意匠法及び同施行規則の規定によれば、6面図は、意匠登録出願の願書に添付することが必要な必須図面であるが、参考斜視図は、6面図によりその意匠を十分表現することができるときは、添付することを要しない図面であるから、参考斜視図と6面図が一致しないときは、出願に係る意匠は、必須図面である6面図により特定されるというべきところ、本願の願書に添付された6面図に基づいて意匠を特定して認定することができないことは、上記のとおりである。

原告は、鍵というものはその性質上すべて形状が異なるものであるとも主張するが、参考斜視図が6面図だけで意匠を十分表現することができないときに当該意匠の理解を助けるためのものである以上、意匠登録出願に添付された6面図と参考斜視図が一致しなければならないことは当然のことであり、意匠に係る物品が「鍵材」であるからといって、これらの図面が一致しなくてよいということにはならない

また、上記不一致の点を措くとしても、上記参考斜視図においても、各ディンプル単体について、その記載が小さくかつ不鮮明であるから、これを参酌したとしても、本願意匠に係るディンプル部の形状を特定することができないと認められる。

 

(5)以上検討したところによれば、本願意匠は、願書の記載事項及び添付された図面に基づいて意匠を特定して認定することができないものというほかなく、本願意匠は意匠法第3条第1項柱書きに規定する「工業上利用することができる意匠」に該当しないとした審決の認定判断に、原告主張の誤りはない。

 


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(作成2024.08.23、最終更新2024.08.23)
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