ポパイ事件(アンダーシャツ・大阪地裁):キャラクターの保護(商標権侵害訴訟)

はじめに

漫画の図柄や文字をシャツの胸部に大きく表示するのは、(a)「本来の商標」としての使用か、(b)装飾的・意匠的効果で商品の購買意欲を喚起させるためか、が争われた事件です。

原告の登録商標、被告の乙、丙各標章は、「ポパイ事件(アンダーシャツ・東京地裁)」と同じです。

被告の乙、丙各標章は、原告の登録商標と、姿態や場景などは異なるが、漫画の主人公ポパイを表すものとして共通します。

今回は、請求が棄却された大阪地裁判決を確認してみます。本判決とは別に、請求が認容された東京地裁判決あります。

なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。被告の乙標章、丙標章についても、裁判所のウェブサイトからご確認いただけます(https://www.courts.go.jp)。

 


ポパイ事件:大阪地裁、昭和49年(ワ)第393号、昭和51年2月24日

主文

原告の主位的および予備的請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。

 

原告の主位的請求

被告は、乙、丙各標章を附したアンダーシャツを製造、販売、領布してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決ならびに仮執行宣言

  • 本件登録商標と乙丙各標章とは、いくつかの点について違いがあるけれども、人物ポパイが水兵帽をかぶり、水兵服を着て、口にマドロスパイプをくわえ、腕の一本に錨のマークをつけ、腕に力瘤をつくっているという主要な特徴において共通しており、「POPEYE」ないし「ポパイ」の文字が一致している。

 

原告の予備的請求

被告は、乙標章のうちの「POPEYE」、丙標章のうちの「ポパイ」の各文字を附したアンダーシャツを製造、販売、領布してはならない。との判決

  • 著作権の対象となりうるのは、その図柄ないしは絵画的部分及び言語部分のみであり、登場人物の氏名である「POPEYE」それ自体は著作物ではないばかりでなく、「POPEYE」の文字も著作物の欄外余白箇所に注記されているにすぎず、また、片仮名の「ポパイ」という文字にいたっては著作物のいずれの箇所にも表示されていない。

 

理由

一 当事者間に争いがない事実

原告は、次の商標権(本件商標権)を有する。

  • 登録番号 第536992号
  • 指定商品 第36類「被服、手巾(しゅきん・ハンカチ)、釦鈕(こうちゅう・ボタン)及び装身用ピンの類」
本件登録商標
ポパイ事件(アンダーシャツ):キャラクターの保護(商標権侵害訴訟)

被告は、アンダーシャツの胸部中央に大きく、乙、丙各標章を附し、右各標章を附したアンダーシャツを製造販売、領布している。

 

二 主位的請求について

原告は、乙、丙標章はいずれも本件登録商標に類似し、アンダーシャツは指定商品に含まれるから、被告が右商品に乙、丙各標章を附し、右各標章を附したアンダーシャツを製造販売する行為は本件商標権を侵害するものであると主張する。

被告は、右アンダーシャツの胸部中央に表示した図形、文字は、ポパイの漫画の複製を装飾的、意匠的に使用しているに過ぎず、社会通念上の商標の使用ではないから、本件商標権侵害の問題を生じない旨抗争する。

そこで、その点について、考察する。

 

(1) 商標法2条は、同法で用いる「商標」、「標章」、「標章の使用」について定義している。

同条の規定によれば、「文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」はすべて商標法の規定にいう「標章」にあたり、「業として商品を生産し、加工し、証明し又は譲渡する者がその商品について使用する右の定義による標章」は、それがどのような内容のもので、どのような目的のもとにどこに表現されているか、一般人がその表現を普通どのように受け取るか等一切関係なく、商標法に規定する「商標」にあたる。右「標章」の定義をしたうえで、同条3項に「標章の使用」について定義している。

右の定義による「標章」あるいは「商標」の概念が「取引社会に現に使用されている社会的事実としての標章ないし商標、あるいは社会的通念としての標章ないし商標の概念」(本来の商標)と異なるものであることは言うまでもない。しかるに、同条で、「標章」、「商標」について社会的通念に反する定義を与えたのは、専ら立法技術上の便宜のみに基づくものである。

右の定義によれば、被告が業として子供用アンダーシャツに、乙、丙各標章を附している行為、右標章を附した商品を販売等する行為が、商標法の規定にいう「標章の使用」、「商標の使用」にあたることは明らかで、否定の余地はない。

 

(2) 更に、同法第37条は、第三者が、登録商標の指定商品について登録商標に類似する商標を使用する行為を当該商標権の侵害とみなす旨規定している。

そこで、被告が、アンダーシャツに乙、丙の各標章を附す行為が右法条に該当するかどうかについて考える。

乙、丙各標章を本件登録商標と対比すると、いずれも図形部分が要部をなし、みる者はそれが漫画の主人公として知られている「POPEYE」または「ポパイ」の絵であることを直感するが、その姿態、場景などが同一でないから、外観が類似しているとは言い難いが、本件登録商標には、上部に「POPEYE」、下部に「ポパイ」といずれも横書きで附記されており、乙標章には上部に「POPEYE」、丙標章には下部に「ポパイ」と附記されている事実と相俟って、一見それらから「POPEYE」「ポパイ」の称呼、「漫画の主人公ポパイ」との観念が生じるものと認められる。したがって、乙、丙両標章は、称呼、観念においては本件登録商標と同一であるといわなければならない。

しかしながら、「本来の商標」は、これにより自己の営業に係る商品を他の商品と区別するための「目じるし」として、すなわち、自他商品を識別することを直接の目的として商品に附されるものである。「本来の商標」の経済的機能として、出所表示機能のほか、品質保証機能、広告宣伝機能があることは一般に認められている。

したがって、商標法における商標の保護とは、「本来の商標」が指定商品について商品の出所表示等の機能等を発揮するのを違法に妨害する行為から法的に保護することを意味する。商標権者の権利内容は登録商標指定商品について排他的に使用することであるが、これを防害する違法な行為は、登録商標と同一又は類似の商標指定商標と同一又は類似の商品についての使用についても行われ得る。そこで、前記37条が設けられたわけであるが、その立法理由は、同条に列挙せられた行為が一般に登録商標の正当な権利行使、すなわち、登録商標の機能の発揮を防害するものであるからこれを排除し、登録商標の権利者に正当な権利行使を得せしめる必要があるからである。

そうすると、右37条の法意は、単に同条に掲げる商標が同条に掲げる商品に表現せられているという形式のみ充足するだけでなく、実質的にも、その行為が「本来の商標」的使用の行為であることを要すると解すべきである。けだし、登録商標の機能と関わり合いがない使用態様のものは、特別の事情がない限り、登録商標の正当な権利行使、すなわち、出所表示、広告、品質保証等の本来の商標の経済的機能の発揮に不当な影響を及ぼすことはないと解せられ、この行為についてまで権利侵害を認めることは、実質的理由なく不必要に権利者を保護する幣害をもたらす反面、一般人は不当に自由を奪われることになり、公正な競業秩序を維持するゆえんではないからである。

 

(3) もっとも、同法26条に商標権の効力が及ばない範囲についての規定がある。これは、第2条において、前記の如く同法に用いる「商標」の語を定義するにあたり、その表示内容、記載目的その他具体性を一切捨象し、「本来の商標」とは何の関わり合いのないものまで含む表現をしたので、その結果から生じる不都合を排除するため設けられたものである。商標権の効力が及ばない場合を同条に列挙の商標に厳格に該当する場合に限定すべき理論上の根拠は見出せない。同条の立法趣旨から言って同様の「商標法上の商標」については同一に解釈するのが相当である。

 

(4) ところで、成立に争いのない各証拠によると、漫画の人物ポパイは、漫画、テレビ、映画等を通じて、いつも安物のマドロスパイプを口にし、教養はないけれども、ほうれん草を食べてはスーパーマン的な強さを発揮して相手をやっつける片目の船乗りを表現しているものとして、国内はもちろん世界中の人々に親しまれることが認められる。

 

(5) 更に、争いのない各証拠によると、最近技術の進歩に伴って企業間の技術的格差がほとんどなくなったため需要者は同一の品質、機能を有する商品間においてはその審美性のすぐれたものを選択する傾向が強くなったことを反映して、漫画に関する図柄、文字、動物の図柄、文字、ラクビー、サッカー等の運動競技に関する図柄、文字等をシャツの胸部や背部の中央部に大きくプリントした各種のプリントシャツが「ナウな感じ」、「カッコよさ」、「面白い感じ」、「可愛いい感じ」等の審美的効果を狙って製造、販売され、需要者もその審美性にひかれて購買意欲を喚起させられている事実を認めることができる。

けだし、前記漫画に関する図柄、文字等をアンダーシャツの胸部などの中央に大きく表示するのは、商標としてその機能を強力に発揮せしめるためではなく、需要者が右表示の図柄が嗜好ないし趣味感に合うことを期待しその商品の購買意欲を喚起させることを目的とするのと解すべきだからである。

 

(6) 以上の事実に鑑み、乙、丙各標章の現実の使用態様は、右各標章をいずれもアンダーシャツの胸部中央殆んど全面にわたり大きく、彩色のうえ表現したものである。これはもっぱらその表現の装飾的あるいは意匠的効果である「面白い感じ」、「楽しい感じ」、「可愛いい感じ」などにひかれてその商品の購買意欲を喚起させることを目的として表示されているものであり、一般顧客は右の効果のゆえに買い求めるものと認められ、右の表示をその表示が附された商品の製造源あるいは出所を知りあるいは確認する「目じるし」と判断するとは解せられない

これに対し、「本来の商標」すなわち、商品の識別標識としての商標は、広告、宣伝的機能、保証的機能をも発揮するが、「本来の商標」の性質から言って、えり吊(づ)りネーム、吊り札(ふだ)、包装袋等に表示されるのが通常である。「本来の商標」がシャツ等商品の胸部など目立つ位置に附されることがあるが、それが「本来の商標」として使用される限り、世界的著名商標であっても、商品の前面や背部を掩(おお)うように大きく表示されることはないのが現状である。

 

(7) 現に、本件乙標章を附した被告のアンダーシャツについてはその首筋に・・・と記載したラベルを縫い付け、また、襟元に・・・と記載したラベルが下げられていることが認められ、これが被告の商標として表示されているものであることが明らかである。

 

(8) 以上のとおり被告の本件乙、丙各標章の使用行為はこれを客観的にみても商標の本質的機能である自他商品の識別機能及び商品の品質保証機能を有せず、また、その主観的意図からしても商品の出所を表示する目的をもつて表示されたものではないものというべきである。

 

(9) そうすると被告の乙、丙各標章の使用行為は結局原告の本件登録商標権を侵害するものということができないから、これと反対の見解に立つ原告の主位的請求は失当である。

 

三 予備的請求について

原告は、本件登録商標のうち、「POPEYE」「ポパイ」の文字はいずれも本件登録商標の要部なるところ、被告は、「POPEYE」の文字を含む乙標章、「ポパイ」の文字を含む丙標章を附した各アンダーシャツを製造、販売、頒布しているから、右の行為は本件登録商標を侵害するものである旨主張する。

しかし、乙、丙各標章は、その表現態様から言って、文字部分と図形(画の部分)とが結合し一体となって表示されており、文字部分は図形部分に附随した説明的附記とみるのが自然であり、右文字部分のみ分離してみるのは不自然である。

かりに、右文字部分のみを観察しても、右の文字は普通の書体で、特に図案化ないし模様化したものではないから、その部分が独立して意匠的あるいは装飾的機能を果しているとは認められないが、前記の如き表示の仕方からして右各文字部分が独立しあるいは附随的に、「本来の商標」として、出所を表示し、自他商品識別の機能を果しているとは認められない

そうすると、乙標章のうち「POPEYE」丙標章のうち「ポパイ」の文字部分が「本来の商標」の使用と認められない以上、主位的請求について判断したと同一の理由により、被告が右文字をシャツに使用している行為が本件商標権を侵害するものであるとの原告の予備的請求も失当である。

 

四 まとめ

よって、原告の被告に対する主位的及び予備的請求はいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

 


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(作成2024.10.20、最終更新2024.10.24)
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