目次
- はじめに
- ポパイ・マフラー事件の大阪地裁判決
>主文
>当事者間に争いがない事実(本件登録商標、被告の行為、被告標章)
>理由
>>乙、丙各標章の使用が商標としての使用に当るか
>>乙、丙各標章が本件商標に類似するか
>>著作権者により許諾された複製権の行使として商標権の禁止権が及ばないか
>>本件商標権の行使が権利濫用であるか
>>まとめ - 関連事件
- 関連情報
はじめに
ポパイ・マフラー事件の大阪地裁判決を確認してみます。争点は次のとおりです。
- マフラーの一方隅部に小さく「ワンポイントマーク」として用いる場合、商標的使用として商標権侵害となるか。
- マフラーに大きく表示するような意匠的使用の場合はどうか。
- キャラクターとは何か、著作物性を持ち得るか。
- 著作物の題名や登場人物の名前はどうか(著作物性を持ち得るか)。
- 原著作物が漫画などのファンシフル・キャラクターの場合、どの範囲まで、原著作物の複製行為に含まれるか。
本件については、その後、大阪高裁判決、最高裁判決があります。
なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。被告の乙標章、丙標章についても、裁判所のウェブサイトからご確認いただけます(https://www.courts.go.jp)。
ポパイ事件:大阪地裁、昭和58年(ワ)第27号、昭和59年2月28日
主文
一 被告は、乙標章を、別紙目録の態様で使用したマフラーを販売してはならない。
二 被告は原告に対し、金140万円及びこれに対する昭和58年1月18日から支払済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
当事者間に争いがない事実
一 原告は、次の商標権(本件商標権)を有する。
- 登録番号 第536992号
- 指定商品 第36類「被服、手巾(しゅきん・ハンカチ)、釦鈕(こうちゅう・ボタン)及び装身用ピンの類」
本件登録商標 |
二 被告は、乙、丙各標章を附したマフラーを販売している。
三 被告標章の構成は次のとおりである。
(一) 乙標章は、マフラーの一方隅部分に「POPEYE」の文字を横書きにしたものである。
(二) 丙標章は、マフラーにつけられた、いわゆる吊り札に、帽子・水兵服を着用した人物、及びその下部に「POPEYE」の文字が斜め横書きにされた、図形と文字からなる。
理由
一 乙、丙各標章の使用が商標としての使用に当るか
1 乙標章は、その書体だけをとり出せば、独特の意匠的美感を有するものではあるが、それが付された商品たるマフラー全体との釣合において観察すると、一方隅に小さく付されているために乙標章の有する意匠的美感は必ずしも目立たず、マフラー全体の単一の色調にアクセントをつけるものとして機能するいわゆる「ワンポイントマーク」としても用いられていることが認められる。
ところで、このようにある標章がいわゆるワンポイントマークとして用いられることの意味についてみると、一般消費者に対して、その標章自体のもつ装飾的、意匠的な美感に訴える面があるのは無視できないけれども、右「ワンポイントマーク」が有する商品全体の単一的色調にアクセントをつける機能上、そこに注目した消費者の目を、次にはその標章の有する外観、呼称、観念に表わされるブランド機能にも引きつけ、そのブランドに対する品質面での信頼から、右標章の付された商品の選択をなさしめることに大きな期待を寄せているものと考えられる。そうとすれば、いわゆる「ワンポイントマーク」の有する商標的機能は無視し得ないものというべく、本件乙標章も別紙目録の態様で用いられるときは、単に装飾的、意匠的な使用のみに止まらず、商品出所表示機能、品質保証機能を持たせた商標としての機能をも兼ね備えた形で使用されていると認めるのが相当である。
2 次に、丙標章は、いわゆる吊り札としてマフラーに使用されており、このように、吊り札に標章を付して商品の識別標識とすることは世上行われていることであるから、丙標章の使用が専ら商標としての使用に当ることは明らかである。
3 乙丙標章が常に意匠的、装飾的に使用されているから本件商標権の効力が及ばないとの被告の主張は失当である。
二 乙、丙各標章が本件商標に類似するか
本件商標は、上部に描かれた「POPEYE」の文字、下部に描かれた「ポパイ」の文字、及びその中間に配置された水兵帽・水兵服を着用した人物の図形、の結合から成る商標である。これらは、一体となって我が国はもとより世界中に知れわたっている漫画の主人公たるポパイなる人物を外観・称呼・観念のいずれにおいても表示しているとみることができる。
これに対して、乙標章は、「POPEYE」を特殊な装飾文字で表わしたものであり、また丙標章は、その下部に表わされた「POPEYE」の文字が本件商標のそれと外形上若干異なり、図形においてもその姿態が同一ではないが、乙丙各標章は本件商標とは「ポパイ」という呼称において一致し、ポパイなる人物を想起させるから観念においても一致するといえる。
三 乙丙各標章の使用が著作権者により許諾されたポパイのキャラクターの複製権の行使に基づきなされたもので、商標法29条により本件商標権の禁止権の行使は及ばないのか
1 商標法29条は、「商標権者……は、指定商品についての登録商標の使用がその使用の態様により……その商標登録出願の日前に生じた他人の著作権と抵触するときは、指定商品のうち抵触する部分についてその態様により登録商標を使用することができない。」と規定しているところ、右規定は、商標権がその出願日前に成立した著作権と低触する場合には商標権者が、その限りにおいて、商標としての使用ができないのみならず、右商標権の禁止権が当該著作権に及ばない旨の規定と解するのが相当である。
2 被告は、キャラクターの複製物も原著作者の複製物として、著作権により保護されると主張する。しかし、キャラクターとは、原著作物中の人物などの名称、姿態、役割を総合した人格とでもいうべきものであって、原著作物を通じ又は原著作物から流出して形成され、原著作物そのものからは独立して歩き出した抽象的概念であって、それ自体は思想、感情を創作的に表現したものとしての著作物性を持ち得ないものといわざるを得ない。
「キャラクター」は原著作物そのものではなく、むしろこれから離れて独り立ちをしている抽象概念であって、その商品的利用を原著作権者の支配下に置こうとするキャラクター商品化権なる発想及びその運用それ自体はこれを否定し得べくもないとしても、そのことから直ちに、裁判所が現行著作権法の解釈上その立法的解決に先んじて、著作物概念を原著作物そのものの有形的表現枠を超えた領域にまで及ぼすことはたやすくなし得ないところである。
そうであれば、キャラクター商品化権許諾契約においてライセンシーに与えられたキャラクターの表現方法の内に原著作物の複製にあたる方法が含まれ、その限りにおいて右ライセンシーは原著作物の複製権をも有することはあり得ても、逆にライセンサーのするキャラクターの表現のすべてが原著作物の複製にあたると解すべき理由はなく、従って商標法29条に基づく商標権者の禁止権も、明らかに原著作物の複製と認め得ないものにまでこれを及ぼすことはできない。
3 これを本件についてみると、まず乙標章は、「POPEYE」の文字のみからなるものであり、かかる著作物の題名や登場人物の名前は著作物から独立した著作物性を持ち得ないのであるから、右標章もまた著作物の複製とはいえず、したがってキャラクター商品化権者といえども、これにつき商標法29条を援用することはできない。
次に、丙標章における図形と、被告が原著作物と主張する漫画とを対比すると、いずれもマドロスパイプをくわえた腕の極端に太い、水兵服を着て帽子をかぶった片目の水夫が描かれており、前者は、にくらし気な顔付きをしているのに比べ後者は大人し気な顔付きである点に相違はあるものの、丙標章における図形が右漫画に登場した想像上の人物である「ポパイ」を表わしていることは一見して明らかである。
しかして、原著作物がこのような漫画などのいわゆるファンシフル・キャラクターの場合は、その原著作権者又はこれから複製権若しくはそのキャラクター商品化権を得た者が、このように、その図形が原著作物における人物・動物などの特徴を備え、一見して両者が同一の人物・動物を表現したとみられる場合にも、これをなお原著作物の複製行為に含まれるものと解するのが相当である。
蓋(けだ)し、前述のとおりいわゆるキャラクター商品化権許諾契約の対象としての「キャラクター」なるものは原著作物から分離した概念ではあるものの、原著作物が人物・(動)物などの視覚的画像である場合は、原著作者は、その人(動)物像の図柄に、その人(動)物の性格・特徴を内包させるべくこれを書き込んでいるものであるから、右図柄の持つ著作物性は、その図柄の表わす固定的表現のみに止まらず、その人(動)物像といったものの表現にも及んでいるものとみるのが相当であり、少くとも原著作権者又はこれから複製権若しくはそのキャラクター商品化権を得た者が、右人(動)物像を視覚的に表出する行為も原著作物の複製行為に含ましめて、前記商標法29条の保護範囲に納め得るものと解すべきである。
よって、丙標章における図形が前記のように原著作物に登場した「ポパイ」と同一人物を表わしていると認め得る以上、右原著作物における「ポパイ」の複製にあたるということができる。
次に、丙標章中「POPEYE」の文字部分についてみると、右ポパイ名称自体に著作物性のないことは前述のとおりであるけれども、前示ファンシフル・キヤラクターの名称が、その姿態(図形)に付随して不可分一体をなして漫画の人物などの名称を説明的に記述したものとみられる場合にまで、文字部分を禁止権行使の対象とすることは、本来著作物としての保護を受ける図形の部分についてまで禁止権を及ぼさしめる結果を招来することになり、著しく妥当を欠く。したがって、このような場合には、右文字部分には、右禁止権が及ばないと解すべきところ、丙標章における「POPEYE」の文字は、右図形に付随し、それと一体をなして図形を説明しているとみられるから、丙標章は全体として、本件商標権に基づく禁止権の行使を受けないものというべきである。
四 本件商標権の行使が権利濫用であるか
以上のとおり、丙標章に対しては、商標法29条により本件商標権の効力は及ばないものの、原告は乙標章を別紙の態様で使用したマフラーについては本件商標権に基づき差止請求権を有する。しかし、被告は、本件商標権の行使が権利濫用であると主張するので検討する。
1 まず、商標権の無効をその根拠とする点については、およそ商標権の付与・無効等の処分は特許庁の専権に属するところであって、いつたん特許庁がその専権に基づきある商標に商標権を付与した以上、それが商標法所定の無効審判手続(及びこれに続く行政訴訟)で無効にすべき旨の審決がなされ、その審決が確定しない限り、侵害訴訟裁判所はこれを無効とすることはできず、従ってまた主張される無効原因の存在を前提として禁止権の行使が権利濫用であるとして訴えを断じ、無効審決の確定を待たずして権利の絶体的失効を結果させることも、特段の事情のない限り許されないというべきである。
本件において右無効審決のなされたことの主張・立証はなく、被告の主張は結局のところ本件商標登録が公序良俗に反し無効であることをいうに止り右特段の事情にも当らないから失当に帰する。
2 また被告は、本件商標権の行使が権利濫用に当たる一根拠として、原告が「POPEYE」に文字商標を使用してマフラーを製造販売することにより…の著作権を侵害している旨主張するところ、右文字が著作物とはいえないことは前記説示のとおりであり、更に被告は、原告の使用するポパイの書体が…の有する著作権を侵害する旨主張するけれども、文字の書体は、一般に専ら美の表現のみを目的とする純粋美術の作品とはいえず、また、通常美術鑑賞の対象とされるものでもないので、著作権の対象となり得ないと解されるから、これらの主張は、いずれも採用の限りでない。
【注】:平成16年改正で特許法第104条の3(特許権者等の権利行使の制限)を新設(商標法第39条で準用)
五 まとめ
以上説示のとおりであって、被告は、乙標章を別紙目録の態様で使用したマフラーを販売することにより原告の本件商標権を侵害したということができる。
原告は、本訴において、「POPEYE」の文字を使用した乙標章を付したマフラーの販売禁止を求めているけれども、被告商品における乙標章の使用の態様は、前記認定のとおり、別紙目録表示のとおりであり、右標章をマフラーに大きく表示するような意匠的使用の場合には、商標権の禁止権は及ばないと解されるから、右目録に表示のものに限って販売の禁止を求めうるというのが相当である。
被告による右侵害行為が不法行為法上の違法行為であることはいうまでもなく、右違法行為は、過失によってなされたものと推定される(商標法39条、特許法103条)。
したがって、被告は原告に対し、右不法行為によって原告の蒙った後記損害を賠償する義務がある。
関連事件
- ポパイ事件(マフラー・大阪高裁):商標権侵害訴訟
- ポパイ事件(マフラー・最高裁):商標権侵害訴訟
- ポパイ事件(アンダーシャツ・東京地裁):キャラクターの保護(商標権侵害訴訟)
- ポパイ事件(アンダーシャツ・大阪地裁):キャラクターの保護(商標権侵害訴訟)
- ポパイ事件(ネクタイ・最高裁):著作権侵害訴訟
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関連情報
(作成2024.10.22、最終更新2024.10.27)
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