ポパイ事件(マフラー・最高裁):商標権侵害訴訟

目次

 


はじめに

ポパイ事件(マフラー・大阪高裁):商標権侵害訴訟」の上告審です。

高裁判決では、「POPEYE」のワンポイントマークである乙標章は、商標としての機能を備えて使用されていて、かつ本件商標に類似しており、しかも、「POPEYE」の名称自体に著作物性がなく、著作物の複製とはいえないことを理由に、「ポパイ」漫画の著作権者の許諾を得た商品の販売者に対しても、商標権の権利行使を認めました。

最高裁は、このような権利行使が権利の濫用に当たるか否かについて、判断を示しました。

本件についての地裁判決、高裁判決は、次のリンク先をご覧ください。

その他のポパイ事件については、後述の「ポパイ事件一覧」をご覧ください。

なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。被告の乙標章、丙標章についても、裁判所のウェブサイトからご確認いただけます(https://www.courts.go.jp)。

 


ポパイ事件:最高裁、昭和60年(オ)第1576号、平成2年7月20日

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

右部分につき被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

  • 第一審原告→原審脱退被控訴人・参加人被上告人
  • 第一審被告→原審控訴人上告人

 

理由

【一】 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1 原審脱退被控訴人(第一審原告)は、繊維製品の製造、卸販売を業とし、指定商品を第36類「被服、手巾(しゅきん)、釦鈕(こうちゅう)及び装身用ピンの類」とする登録番号第536992号の商標権(本件商標権)を、商標登録を受けたDから譲り受けていた。被上告人は、原審脱退被控訴人から本件商標権を譲り受け、その移転登録がされた。被上告人は、右移転登録に伴い、本件が原審に係属中、原審脱退被控訴人の上告人に対する一切の損害賠償債権を譲り受けた。

2 上告人は、乙標章及び丙標章を付した、本件商標の指定商品に当たるマフラー(被告商品)を、販売していた。

3 本件商標は、「POPEYE」の文字を上部に、「ポパイ」の文字を下部にそれぞれ横書し、その中間に、“人物ポパイ”が表された、文字と図形の結合から成る。

 乙標章は、マフラーの一方隅部分に「POPEYE」の文字を横書にして成る。

 丙標章は、マフラーにつけられた吊り札に、“人物ポパイ”が描かれ、その下部に右上り斜めに「POPEYE」の文字が横書された、図形と文字とから成る。

4 漫画「ポパイ」は、1929年(昭和4年)1月17日、エルジー・クライスラー・シーガーが新聞「ニューヨーク・ジャーナル」に掲載した漫画「THE THIMBLE THEATER」に登場して連載され出すや、たちまち読者の支持を得て、・・・省略・・・

 

【二】 第一審において、原審脱退被控訴人が本件商標権に基づいて、上告人に対し被告商品の販売の差止と損害賠償を求めたところ、本件商標権等を譲り受けた被上告人が原審で当事者参加し、本件商標権に基づく被告商品の販売差止と損害賠償を上告人に求めた(原審脱退被控訴人は訴訟から脱退した)。これに対し、原審は右事実関係の下において次のとおり認定判断した上、被告商品の販売の差止と損害賠償の請求を一部認容した第一審判決を変更し、被上告人の請求のうち、108万5100円とその遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余を棄却した。

1 丙標章が吊り札に使用されていて、専ら商標として使用されていることは明らかである。乙標章も、いわゆるワンポイントマークとして用いられていて、商品出所表示機能、品質保証機能を有するので、商標としての機能を備えて使用されていることは明らかである。

2 乙標章及び丙標章は、「ポパイ」という称呼を生じさせる点で本件商標と一致し、また、「ポパイ」なる人物を想起させるから、観念でも本件商標と一致する。したがって、乙標章及び丙標章は本件商標に類似する。

3 商標法29条は、商標権がその商標登録出願日前に成立した著作権と抵触する場合、商標権者はその限りで商標としての使用ができないのみならず、当該著作物の複製物を商標に使用する行為が自己の商標権と抵触してもその差止等を求めることができない旨を規定していると解すべきである。

 丙標章は、「ポパイ」の人物像を視覚的に表出した図形と、これに付随し一体となって説明的に結合した名称から成るので、原著作物である「THE THIMBLE THEATER」の漫画における想像上の人物である「ポパイ」の複製に当たる。したがって、丙標章は全体として、本件商標権に対する侵害とはならない

 他方、乙標章は「POPEYE」の文字だけから成るが、このような著作物の題名や登場人物の名前は、たとえそれが直ちにキャラクターの姿態を思い浮かべるようなものであっても、著作物から独立した著作物性を持ち得ず、乙標章は著作物の複製とはいえない。したがって、乙標章に関しては、商標法29条によって本件商標権に基づく損害賠償請求を排除することはできない。

4 本件商標登録を無効とする審決が確定していない以上、本件商標登録が公序良俗に反し無効ということはできない。被上告人が「ポパイ漫画のキャラクター」の顧客吸引力にただ乗りする目的で本件商標権を譲り受けたとする上告人主張の事実は認められないのみならず、上告人主張の「ただ乗り」なる概念を「対価を払わずに他人の業績を巧みに利用する」との趣旨だとすれば、それは常に必ずしも違法行為となるとは限らないし、ポパイ漫画のライセンサーであるIコーポレーションが日本で「ポパイ漫画のキャラクター」の商品化事業に乗り出したのは昭和35年ころ以降であって、本件商標の連合商標で「ポパイ」の人物図形と文字とから成る登録商標(登録番号第326206号)の出願がされた昭和14年4月21日当時には、「ポパイ漫画のキャラクター」を登録商標とすることから保護すべき法的利益の対象となるものは存しなかったことなどからすると、被上告人の本件商標権に基づく権利行使が権利の濫用に当たるとすることはできず、ほかに、本件において権利の濫用に該当する事実関係はない。

5 したがって、被上告人の上告人に対する本件商標権侵害に基づく損害賠償請求は、丙標章に関する部分については商標法29条により理由がなく、乙標章に関する部分は、上告人が昭和56年夏ころから同57年暮までに上告人が乙標章を付した被告商品を販売したことにより原審脱退被控訴人の被った108万5100円の限度で理由がある。なお、乙標章に関しても、上告人が将来にわたって被告商品を販売する蓋然性の立証はないので、その差止請求は理由がない。

 

【三】 しかしながら、右判断中、被上告人の本件商標権に基づく乙標章に対する権利行使が権利の濫用に当たらないものとした部分は首肯(しゅこう)することができない。その理由は次のとおりである。

被上告人は、乙標章は、商標としての機能を備えて使用されていて、かつ本件商標に類似しており、しかも、単に「ポパイ」の漫画の主人公の名称を英文で表したものであるから、「ポパイ」の漫画から独立した著作物性がなく、著作物の複製とはいえないことを理由に、乙標章につき本件商標権に基づいてその侵害を理由に損害賠償を求めることが、本件商標権の行使に当たるとして、本訴請求をしている。

しかしながら、前記事実関係からすると、本件商標登録出願当時既に、連載漫画の主人公「ポパイ」は、一貫した性格を持つ架空の人物像として、広く大衆の人気を得て世界に知られており、「ポパイ」の人物像は、日本国内を含む全世界に定着していたものということができる。そして、漫画の主人公「ポパイ」が想像上の人物であって、「POPEYE」ないし「ポパイ」なる語は、右主人公以外の何ものをも意味しない点を併せ考えると、「ポパイ」の名称は、漫画に描かれた主人公として想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれてきたものというべきである。

したがって、乙標章がそれのみで成り立っている「POPEYE」の文字からは、「ポパイ」の人物像を直ちに連想するというのが、現在においてはもちろん、本件商標登録出願当時においても一般の理解であったのであり、本件商標も、「ポパイ」の漫画の主人公の人物像の観念、称呼を生じさせる以外の何ものでもないといわなければならない。

以上によれば、本件商標は右人物像の著名性を無償で利用しているものに外ならないというべきであり、客観的に公正な競業秩序を維持することが商標法の法目的の一つとなっていることに照らすと、被上告人が、「ポパイ」の漫画の著作権者の許諾を得て乙標章を付した商品を販売している者に対して本件商標権の侵害を主張するのは、客観的に公正な競業秩序を乱すものとして、正に権利の濫用というほかない

これと異なり上告人の権利の濫用の主張を排斥した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上によれば、乙標章に関する被上告人の本訴請求は理由がないことが明らかであるから、被上告人の本訴請求のうち原判決認容部分は棄却されるべきである。

よって、民訴法408条、396条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 


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(作成2024.10.25、最終更新2024.10.25)
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