ポパイ事件(ネクタイ・最高裁):著作権侵害訴訟

目次

 


はじめに

ポパイ・ネクタイ事件の最高裁判決を確認してみます。次の点について、判断が示されました。

  • 商標権と著作権との関係(登録商標の使用と著作権侵害)
  • キャラクターとは(著作物か)
  • 連載の先行漫画と後続漫画との関係(翻案、二次的著作物、保護期間)
  • 著作物の複製とは(漫画の一致性、特徴)
  • 複製権の取得時効(取得要件、立証責任)

 


ポパイ事件:最高裁、平成4年(オ)第1443号、平成9年7月17日

主文

一 被上告人の請求中、別紙記載の図柄を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求める部分につき原判決を破棄し、第一審判決を取り消す

二 前項の部分に関する同被上告人の請求を棄却する。

三 上告人の同被上告人に対するその余の上告を棄却する。

四 上告人のその余の被上告人らに対する上告を棄却する。

五 上告人と被上告人との間の訴訟の総費用は、これを五分して、その二を同被上告人の、その余を上告人の各負担とし、前項の上告費用は上告人の負担とする。

  • 第一審原告被控訴人・附帯控訴人→被上告人
  • 第一審被告控訴人上告人

 

理由

◆上告理由第一点について

【一】 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

上告人は、昭和57年5月から「本件図柄一」を付したネクタイを販売している。

 

【二】 原審は、次のとおり判断して、被上告人B1の本件漫画の著作権に基づく本件図柄一に関する差止請求を認容した。

 (1) ポパイのキャラクターが本件漫画を離れて別個の著作物であるということはできないが、

 (2) 本件図柄一は本件漫画の主人公ポパイの絵の複製に当たるものであって、

 (3) 本件漫画については、連載に係る各回の漫画ごとに著作権が成立し、その保護期間も個別に各公表時から起算すべきものであるから、第一回作品の著作権の保護期間が平成2年5月21日の経過をもって満了しても、後続作品には著作権の保護期間が満了していないものがあり、

 (4) 第一回作品において主人公ポパイの特徴を備えた絵が表示されていても、後続作品のうちいまだ著作権の保護期間が満了していない漫画の著作権に基づいて上告人の本件図柄一の使用の差止めを求めることは許される

 

【三】 しかしながら、原審の右判断のうち(4)の部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項一号)とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載漫画においては、当該登場人物が描かれた各回の漫画それぞれが著作物に当たり、具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない

けだし、キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないからである。したがって、一話完結形式の連載漫画においては、著作権の侵害は各完結した漫画それぞれについて成立し得るものであり、著作権の侵害があるというためには連載漫画中のどの回の漫画についていえるのかを検討しなければならない。

 

 2 このような連載漫画においては、後続の漫画は、先行する漫画と基本的な発想、設定のほか、主人公を始めとする主要な登場人物の容貌、性格等の特徴を同じくし、これに新たな筋書を付するとともに、新たな登場人物を追加するなどして作成されるのが通常であって、このような場合には、後続の漫画は、先行する漫画を翻案したものということができるから、先行する漫画を原著作物とする二次的著作物と解される。そして、二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である。

けだし、二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要素が付与されているためであって(同法2条1項十一号参照)、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないからである。

 

 3 そうすると、著作権の保護期間は、各著作物ごとにそれぞれ独立して進行するものではあるが、後続の漫画に登場する人物が、先行する漫画に登場する人物と同一と認められる限り、当該登場人物については、最初に掲載された漫画の著作権の保護期間によるべきものであって、その保護期間が満了して著作権が消滅した場合には、後続の漫画の著作権の保護期間がいまだ満了していないとしても、もはや著作権を主張することができないものといわざるを得ない。

 

 4 ところで、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ、複製というためには、第三者の作品が漫画の特定の画面に描かれた登場人物の絵と細部まで一致することを要するものではなく、その特徴から当該登場人物を描いたものであることを知り得るものであれば足りるというべきである。

 

 5 これを本件についてみるに、原審の認定事実によれば、

 第一回作品においては、その第三コマないし第五コマに主人公ポパイが、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえ、腕にはいかりを描いた姿の船乗りとして描かれているところ、

 本件図柄一は、水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にパイプをくわえた船乗りが右腕に力こぶを作っている立ち姿を描いた絵の上下に「POPEYE」「ポパイ」の語を付した図柄である。

右によれば、本件図柄一に描かれている絵は、第一回作品の主人公ポパイを描いたものであることを知り得るものであるから、右のポパイの絵の複製に当たり、第一回作品の著作権を侵害するものというべきである。

 

ところで、アメリカ合衆国国民の著作物については、平成元年3月1日以降はベルヌ条約により、それ以前は万国著作権条約によって我が国がこれを保護する義務を負うことから、日本国民の著作物と同様の保護を受けるところ、本件漫画は法人著作であり、その著作権の保護期間は公表後50年であって、昭和4年(1929年)1月17日に公表された第一回作品の著作権の保護期間は、右公表日の翌年である昭和5年1月1日を起算日として、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項によるアメリカ合衆国国民の著作権についての3794日の保護期間の加算をして算定すると、平成2年5月21日の経過をもって満了したから、これに伴って第一回作品の著作権は消滅したものと認められる。

前記の原審認定事実によれば、本件図柄一は、第一回作品において表現されているポパイの絵の特徴をすべて具備するというに尽き、それ以外の創作的表現を何ら有しないものであって、仮に後続作品のうちいまだ著作権の保護期間の満了していないものがあるとしても、後続作品の著作権を侵害するものとはいえないから、被上告人B1は、もはや上告人の本件図柄一の使用を差し止めることは許されないというべきである。

 

【四】 したがって、これと異なる見解に立って、後続作品のうちいまだ著作権の保護期間の満了していない漫画の著作権に基づいて上告人の本件図柄一の使用を差し止めることが許されるとして、被上告人B1が著作権に基づいて本件図柄一を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求める請求を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、同被上告人の請求中、本件図柄一を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求める部分につき、原判決は破棄を免れない。そして、右部分につき第一審判決を取り消して、右部分に関する同被上告人の請求を棄却すべきものである。

 

◆上告理由第二点について

本件において、被上告人B1は、本件漫画の著作権に基づく損害賠償請求として、上告人が昭和57年5月31日から同59年5月31日までの間本件図柄一を付したネクタイを販売したことにより被った損害の賠償を求めている。これに対して、上告人は、本件図柄一の複製権につき取得時効が成立した旨の抗弁を主張している。

  • 民法163条(所有権以外の財産権の取得時効):所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い20年又は10年を経過した後、その権利を取得する。

 

原審の一部判断は是認することができないが、次に述べる理由により上告人の右取得時効の抗弁は採用することができないから、結局のところ、原判決の説示部分の違法は、その結論に影響しないものというべきである。

 1 著作権法21条に規定する複製権は、民法163条にいう「所有権以外ノ財産権」に含まれるから、自己のためにする意思をもって平穏かつ公然に著作物の全部又は一部につき継続して複製権を行使する者は、複製権を時効により取得すると解することができるが、複製権が著作物の複製についての排他的支配を内容とする権利であることに照らせば、時効取得の要件としての複製権の継続的な行使があるというためには、著作物の全部又は一部につきこれを複製する権利を専有する状態、すなわち外形的に著作権者と同様に複製権を独占的、排他的に行使する状態が継続されていることを要し、そのことについては取得時効の成立を主張する者が立証責任を負うものと解するのが相当である。

 2 他方、民法163条にいう「自己ノ為メニスル意思」は、財産権行使の原因たる事実によって外形的客観的に定められるものであって、準占有者がその性質上自己のためにする意思のないものとされる権原に基づいて財産権を行使しているときは、その財産権行使は右の意思を欠くものというべきである。

これを本件についてみるに、原判決の挙げる、Dが被上告人B1の許諾を得ないで本件図柄一を作成したという事実をもっては、Dがその性質上自己のためにする意思のないものとされる権原に基づいて財産権を行使していたということはできないから(むしろ逆に、Dが同被上告人の許諾を得て本件図柄一を複製したとすれば、そのことからDにおいて自己のためにする意思を欠いていたということができる。)、Dによる本件図柄一の複製が自己のためにする意思を欠くものであるとして上告人の取得時効の抗弁を排斥した原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものというべきである。

 3 しかし、原審の認定によれば、上告人の主張する時効期間(昭和33年6月26日から20年)の間、被上告人B1がアメリカ合衆国において本件漫画を新聞、単行本に逐次連載ないし掲載していたほか、同被上告人から本件漫画の著作権について独占的利用権の設定を受けた被上告人B2が我が国において多数の企業との間で本件漫画の使用許諾契約を締結し、右契約に基づいてポパイの絵の付された菓子、文具、衣料、雑貨等の商品が広く市場に流通していたというのであり、加えて、前記のとおり本件図柄一に描かれているポパイの絵は、その姿態等において格別特異な特徴はなく、他のポパイの絵一般と識別すべき特徴が何ら認められないものであって、右によれば、D及びEは、本件漫画における主人公ポパイの絵一般についてはもちろん、本件図柄一に表示されたポパイの絵に限定したとしても、これを複製する権利を独占的、排他的に行使していたということができないから、上告人の取得時効の抗弁は理由がない

そうすると、さきに説示したとおり、本件図柄一は、第一回作品のポパイの絵の複製として、その著作権を侵害するものであるから、上告人が本件図柄一を付したネクタイを右著作権の保護期間の満了前である昭和57年5月31日から同59年5月31日までの間販売したことにより被上告人B1が被った損害については、上告人は著作権の侵害として賠償の責めを負うものというべきである。右によれば、原審の判断は結論において是認することができるから、結局のところ、所論は理由がないことに帰する。論旨は採用することができない。

 

◆上告理由第三点一について

原審において、被上告人B2及び被上告人有限会社B3は、上告人に対して、旧不正競争防止法(平成5年改正前)1条1項一号に基づいて、本件図柄二を付したマフラー及び本件図柄一・二を付したネクタイの販売の差止め並びにマフラー及びネクタイからの右各図柄の抹消を求めており、これに対して、上告人は、右各図柄の使用は本件商標権の行使に当たるから同法6条により右被上告人らの差止請求は及ばない旨を抗弁として主張している。

しかるところ、当審において、右被上告人らは、本件商標権につき商標登録を無効とする審決が確定した旨を主張し、右被上告人らの提出した昭和58年審判第19123号審決謄本及び商標登録原簿記載事項証明書によれば、本件商標権につき、平成7年1月24日に商標法4条1項七号に該当するものとして同法46条1項一号により商標登録を無効とするとの審決があり、同年4月3日に右審決が確定して、同年6月27日に商標登録が抹消されたことが認められる。

右は民訴法420条1項八号所定の再審事由に該当するものであって、右被上告人らの前記主張は当裁判所においてこれを考慮すべきものであるところ、これによれば本件商標権は初めから存在しなかったものとみなされるから、上告人の前記抗弁がその前提を欠くものとして失当であることは明らかである。

したがって、上告人の右抗弁についての原審の判断の違法をいう論旨は、その内容につき判断するまでもなく、採用することができない。

 

以上によれば、被上告人B1の上告人に対する本件請求のうち、本件図柄一を付したネクタイの販売の差止め及び上告人の所有するネクタイからの同図柄の抹消を求める部分については、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、右部分に関する同被上告人の請求を棄却すべきであり、上告人の同被上告人に対するその余の上告及びその余の被上告人らに対する上告は棄却すべきである。

よって、民訴法408条、396条、386条、384条、96条、95条、89条、92条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 


関連事件

  • 昭和59(ワ)10103,著作権民事訴訟,平成2年2月19日,東京地裁
  • 平成2(ネ)734(2007),著作権民事訴訟,平成4年5月14日,東京高裁
  • ポパイ事件一覧

 


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(作成2024.10.30、最終更新2024.10.30)
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