意匠登録出願の拒絶審決取消訴訟である「タンブラー事件」を確認してみます。
この事件では、次のような判断が示されました。
- 本願意匠が引用意匠と類似するか否かは、「当業者を基準として創作性の観点から比較」するのではなく、「一般需要者を基準として美感の類否の観点から比較」して判断する。
- 共通点が、差異点を埋没させてしまうほどに強力な共通の印象(美感)をもたらす力を有するものでない限り、両意匠は全体として異なった印象(美感)をもたらすものというべきである。
- それ自体極めてありふれた構成比率のもの同士であっても、構成比率が大きく異なれば、見る者に与える印象(美感)が異なることはあり得る。ありふれたものからはありふれた印象(美感)しか生じないとしても、ありふれた印象(美感)が皆同じとは限らない。
なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。
東京高裁、平成12年(行ケ)第503号、平成13年4月12日
主文
特許庁が平成10年審判第8672号事件について平成12年8月14日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、アメリカ合衆国においてした出願に基づく優先権を主張して、意匠に係る物品を「タンブラー」とし、その形態を別紙のとおりとする意匠登録出願(本願意匠)をしたが、拒絶査定を受けたので、これに対する不服審判を請求した。特許庁は、これを審理した結果、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、原告にその謄本を送達した。
2 審決の理由の要点
審決の理由は、要するに、本願意匠は、別紙のコップの意匠(引用意匠)に類似するので、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができない、とするものである。
第3 原告主張の審決取消理由の要点
・・・省略・・・
第4 被告の反論の要点
・・・省略・・・
第5 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本願意匠は、引用意匠と類似せず、意匠法3条1項3号に該当しないと解するのが相当であり、両意匠の類似性を認めて本願意匠の登録を拒絶した審決は、少なくともその限りにおいて意匠の類否判断を誤ったものとして、取り消されるべきであると考える。その理由は、次のとおりである。
(1) 次の点について、当事者間に争いがない。
- 本願意匠の形態が、別紙に示すとおりのものであること。
- 引用意匠の形態が、別紙に示すとおりのものであること。
- 両意匠は、外周面を凸弧面と凹弧面を交互に水平状に複数段形成して、上方に向かって斜状に拡開する縦長の逆円錐台状の有底の態様である点で、形態が共通するものであること。
(2) 本願意匠と引用意匠とを比較すると、少なくとも以下の各点で、形態が相違していることが認められる。
(ア) 本願意匠は、底面の直径と高さの比が約1対2であるのに対し、引用意匠のそれは、約1対3である。
(イ) 本願意匠は、底面から上面までを略同一傾斜面状としているのに対し、引用意匠は、下方約4分の1を略垂直状に形成し、その上方を略傾斜面状としている。
(ウ) 本願意匠は、開口部が最も広がっているのに対し、引用意匠は、開口部が最上部に形成された凸弧面よりもすぼまっている。
(エ) 本願意匠の凸弧面の形状はゆるやかで、側壁の傾斜面に沿って、わずかに外側にふくらんでいるにすぎない。これに対し、引用意匠の凸弧面の形状ははっきりと外側にふくらんでおり、側壁の傾斜面から明らかに突出している。
(3) 引用意匠は、本願意匠に比べ、上記(ア)ないし(ウ)の差異点により、全体に縦長の印象を明瞭に与え、かつ、これに(エ)の差異点が加わることにより、一種奇抜な印象を与えるものとなっているということができる。
被告は、原告の主張する差異点は、いずれも、特徴という程度には至らないありふれた態様に係るもので、差異としては極めて微弱なものというべきであり、前記(1)の共通点、特に「凸弧面と凹弧面を交互に水平状に複数段形成したという外周面の特徴」から生ずる共通の印象を超えるような異なった印象はそこから生じない旨主張する。
しかしながら、当業者を基準として創作容易性の観点から比較する場合においてはともかく、一般需要者を基準としてそれぞれの与える意匠的効果としての印象(美感)の類否の観点から両意匠を比較する場合においては、上記差異点、特に(ア)ないし(ウ)の差異点から生ずる印象(美感)の差異は、一般的には、決して小さなものではなく、共通点が、この差異を埋没させてしまうほどに強力な共通の印象(美感)をもたらす力を有するものでない限り、両意匠は全体として異なった印象(美感)をもたらすものというべきである。
被告は、上記差異点(ア)につき、両意匠ともそれ自体極めてありふれた構成比率のものであり、意匠としては、その差異を格別評価するまでには至らない、と主張するが、たといそれ自体極めてありふれた構成比率のもの同士であっても、構成比率が大きく異なれば、見る者に与える印象(美感)が異なることは十分あり得ることである。ありふれたものからはありふれた印象(美感)しか生じないとしても、ありふれた印象(美感)は皆同じであって、その間に差異はない、ということにはならないのである。
ところが、被告の強調する共通点である凸弧面と凹弧面を交互に水平状に複数段形成したという外周面の特徴が、当業者を基準として創作性の観点から比較する場合ではなく、一般需要者を基準として美感の類否の観点から比較する場合に、被告の主張するように強力な力を有すると認めさせる資料は、本件全証拠を検討しても見いだすことができず、その他、両意匠の前記共通点が上記力を有することは、本件全証拠を検討しても認めることはできない。
以上のとおりであるから、本願意匠は、当業者を基準として創作容易性の観点からみて登録に値しないものとする評価が許されるか否かはともかく(なお、本願意匠を大づかみにした場合の形態(基本的形態)は、コップなどのものとして、古くから日本国内において広く知られた形状の一つであることは、当裁判所に顕著である。)、意匠法3条1項3号の下で、一般需要者を基準として意匠の与える美感の観点から登録性を判断するに当たり、引用意匠との関係で、登録を拒否すべき類似の範囲に含まれるものとすることはできないというべきである。
被告の主張は、採用することができない。
2 以上述べたところによれば、本願意匠が引用意匠と類似し意匠法3条1項3号に該当するとした審決は、違法なものとして取り消されるべきである。
第6 よって、審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
関連情報
(作成2024.12.03、最終更新2024.12.03)
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