おろし器事件:公報掲載後の新規性喪失の例外適用の可否

意匠登録を受けるには、新規性(出願前に同一・類似の意匠がないこと)や創作非容易性(容易に創作できないこと)が要求されます。出願前にデザインを公開すると、新規性がなくなり、意匠登録を受けることができなくなります。たとえば、出願前に、商品を販売したり、ホームページやブログに掲載したり、SNSに投稿したりすると、原則として、もはや意匠登録を受けることはできません。自分の(自社の)デザインであっても、意匠登録の障害となります。

しかしながら、最初の公開から1年以内なら、意匠登録を受けられる場合もあります。たとえば、既に商品を販売したり、ホームページやSNSにデザインを公開したりしたが、お客様からの反響がよいので、意匠登録したい場合、所定手続(新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続)をすることで、意匠登録できる場合もあります。

「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して」新規性を喪失したことが要件となりますが、内外国特許公報等への掲載が「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合に当たるか否かが争われた事件です。

判決では、内外国特許公報等への掲載は、意匠法4条2項の「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合には当たらないとされました。その後の法改正で、この点、条文にも明記されました(下記下線部)。

なお、新規性喪失の例外期間は、平成30年の法改正により「1年」に延長されましたが、それ以前は「6ヶ月」でした。

以下、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。

意匠法(2025年2月12日現在)
(意匠登録の要件)
第3条 工業上利用することができる意匠の創作をした者は、次に掲げる意匠を除き、その意匠について意匠登録を受けることができる。
 一 意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠
 二 意匠登録出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された意匠又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった意匠
 三 前二号に掲げる意匠に類似する意匠

(意匠の新規性の喪失の例外)
第4条 意匠登録を受ける権利を有する者の意に反して第3条第1項第一号又は第二号に該当するに至った意匠は、その該当するに至った日から1年以内にその者がした意匠登録出願に係る意匠についての同項及び同条第2項の規定の適用については、同条第1項第一号又は第二号に該当するに至らなかったものとみなす。
 2 意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して第3条第1項第一号又は第二号に該当するに至った意匠(発明、実用新案、意匠又は商標に関する公報に掲載されたことにより同項第一号又は第二号に該当するに至ったものを除く。)も、その該当するに至った日から1年以内にその者がした意匠登録出願に係る意匠についての同項及び同条第2項の規定の適用については、前項と同様とする。

 


おろし器事件:東京高裁、平成12年(行ケ)第331号、平成12年10月17日

主文

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 原告

特許庁が平成8年審判第8252号事件について平成12年4月20日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。

2 被告

主文と同旨

 

第2 当事者間に争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「おろし器」とし、その形態を別紙のとおりとする意匠(本願意匠)について、意匠登録出願をしたが、拒絶査定を受けたので、これに対する不服審判を請求した。

特許庁は、これを平成8年審判第8252号事件として審理した結果、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、原告にその謄本を送達した。

2 審決の理由の要点

審決の理由は、別紙審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに、本願意匠は、その出願前に頒布された外国の意匠公報に記載された意匠(原告創作の意匠)と類似するので、意匠法3条1項3号に該当するとし、また、(仮に、本願意匠が同意匠公報に記載された意匠と同一の意匠であるとしても、)意匠登録出願前に内外国の特許公報、実用新案公報、意匠公報(内外国特許公報等)に掲載された意匠については、意匠法4条2項の適用はなく、新規性喪失事由の例外事由にはならないので、結局、本願意匠は意匠登録を受けることができない、というものである。

 

第3 原告主張の審決取消理由の要点

・・・省略・・・

 

第4 被告の反論の要点

・・・省略・・・

 

第5 当裁判所の判断

1 当事者間に争いのない事実及び証拠によれば、
原告は、工業的意匠の国際寄託に関するヘーグ協定に基づき、引用意匠を、1993年4月7日に国際事務局に寄託したこと、
同事務局は、寄託にかかる引用意匠を、同年6月30日に発行した本件外国公報に掲載したこと、
原告は、同年11月5日に国内で本願意匠の意匠登録出願をしたこと、
本願意匠は、引用意匠と同一の意匠であることが認められる。

被告は、本願意匠と引用意匠が同一ではなく、類似するにとどまる旨主張する。しかしながら、本願意匠と引用意匠とが同一の意匠であることは明らかであり、被告の主張は失当である。したがって、審決が本願意匠が引用意匠に類似するとして意匠法3条1項3号に該当するとした判断は誤りである。

しかし、審決は、予備的に、両意匠が同一であると仮定したうえで、意匠法4条2項の適用の有無を検討しているものと認められ、同条項の適用がなければ、結局、本願意匠は、意匠登録を受けられないことになるから、上記判断の誤りは、直ちに審決の結論に影響を及ぼすものではない。

 

2 そこで、本願意匠が、引用意匠の本件外国公報への掲載により、意匠法4条2項の「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して第3条第1項・・・二号に該当するに至った意匠」に当たるとして、新規性を喪失しないと認められるか否かについて検討する。

確かに、内外国特許公報等への掲載は発明者等の出願行為等に基づくものであるから、このような場合も意匠法4条2項の「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合に当たるとの解釈も、文言上は考え得るところである。

しかしながら、意匠法4条2項は、新規性の判断を、出願時を基準に、厳格に運用すると、出願人に酷な場合が生じる場合があるため、これを救済するために設けられた例外規定であるから、その適用範囲は立法趣旨に従って限定的に解釈されるべきである。証拠及び弁論の全趣旨によれば、同条項が「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合を新規性喪失の例外事由としたのは、意匠を考案した者は、常に意匠登録の出願をするわけではなく、実際には、ひとまず、販売、展示、見本の頒布等により売行きを打診してみて、一般の需要の有無を確かめた後に、需要があるものについて意匠登録を出願するのが通常であるのに、このような販売、展示、見本の頒布等の行為によって新規性を喪失すると取り扱うことは、意匠の実情に合わず、意匠の考案者に酷であるので、このような場合に、新規性を失わないものとするためであると認められる。

これに対し、内外国において意匠の登録出願をした結果、意匠公報等に掲載されたということは、その出願の時点で既に出願の準備が完了していたということであるから、このような場合に新規性を失うものと取り扱っても、意匠の考案者に酷とはいえず、意匠法4条2項により、これを救済する実質的な必要性は認められない。

さらに、外国における出願の場合には、パリ条約4条A(1)、B、C(1)、(2)が適用され、出願の日から6か月間は、当該意匠の公表に基づく不利益扱いが禁止されているのであるから、この期間(優先期間)を徒過した者に、さらに意匠法4条2項を適用して、その後も一定期間、新規性を喪失しないとして、同様の保護を与えることは、パリ条約の趣旨に反し、権利者に過分の利益を与えることになり、ひいては、上記期間が徒過したと信じて行動した第三者に不測の損害をもたらすことがありうるので、許されないというべきである。

パリ条約 第4条 優先権
 A(1) いずれかの同盟国において正規に特許出願若しくは実用新案、意匠若しくは商標の登録出願をした者又はその承継人は、他の同盟国において出願をすることに関し、以下に定める期間中優先権を有する。
 B すなわち、A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国においてされた後の出願は、その間に行われた行為、例えば、他の出願、当該発明の公表又は実施、当該意匠に係る物品の販売、当該商標の使用等によって不利な取扱いを受けないものとし、また、これらの行為は、第三者のいかなる権利又は使用の権能をも生じさせない。優先権の基礎となる最初の出願の日前に第三者が取得した権利に関しては、各同盟国の国内法令の定めるところによる。
 C(1) A(1)に規定する優先期間は、特許及び実用新案については12箇月、意匠及び商標については6箇月とする。
 (2) 優先期間は、最初の出願の日から開始する。出願の日は、期間に算入しない。

原告は、意匠法4条2項の適用を受けた意匠登録出願にはパリ条約4条Bに規定する効果がないので、過重な保護を与えることにはならない旨主張する。しかし、原告の解釈は、上記のとおり、当該意匠の公表に基づく不利益扱いの禁止に関する限り、実質的にパリ条約4条Bの定める期間を延長するのと同様の効果を生じさせるものであるから、その限度で保護が過重になることは、明らかである。

このようにみてくると、内外国特許公報等への掲載は、意匠法4条2項の「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合には当たらないと解するのが相当であり、原告の主張は失当である。

なお、新規性喪失事由の例外を定めた特許法30条についても、同様の理由から、国内外の特許公報への掲載は、同条の「刊行物に発表」することに含まれないと解釈されている(最高裁第二小法廷平成元年11月10日判決・民集43巻10号1116頁参照)。意匠法の解釈についても、特許法と同様に解釈すべきことは前記説示したところから明らかであり、規定の文言の違いをとらえて、意匠法においては異なった解釈をするべきであるとの原告の主張は採用することができない。

 

3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき理由は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

 


関連情報

 


(作成2025.02.12、最終更新2025.02.12)
Copyright©2025 Katanobu Koyama. ALL RIGHTS RESERVED.