意匠登録無効審判の無効審決取消訴訟である「敷居用レール材事件」の東京高裁判決を確認してみます。
この事件では、次の点について、判断が示されました。
- 意匠の類否判断を説明する際、意匠の形状を言葉により表現するが、その表現の仕方には種々のものがあり、その違いによって結論に差が出るのか。
- 寸法割合に言及する際、厳密には多少異なっている場合はどうか。
- 引用意匠の特徴がありふれたものであることを示す証拠として、引用意匠の出願日より後に発行されたものでもよいのか。
なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。
- 本件に関する審決書、判決書、図面は、次のリンク先をご覧ください。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/DE/JP-1998-012131/30/ja
敷居用レール材事件:東京高裁、平成13年(行ケ)第279号、平成13年11月15日
主文
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が無効2000-35485号意匠登録無効審判事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「敷居用レール材」として、別紙の意匠の登録を出願し、意匠登録を受けた(意匠登録第1075575号)。
被告は、本件意匠登録を無効にすることについて審判を請求し、特許庁は、これを無効2000-35485号事件として審理した結果、「登録第1075575号の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決をし、その謄本は、原告に送達された。
2 審決の理由
審決は、別紙のとおり、本件登録意匠は、意匠登録第989589の類似1号の意匠(引用意匠)に類似するものであり、意匠法3条1項3号に該当するとして、本件登録意匠権の登録は無効である、と判断した。
[共通点]
(1) 長手方向に連続する板状のレール材であって、上方に漸次拡がる戸車溝をレール上面の片側に寄せて1本配置した全体の基本構成。
(2) 戸車溝の態様について、底部を一段陥没させて断面視略矩形状の細溝を形成し、該細溝の縁部から戸車溝の上縁部にかけて傾斜するやや広幅の戸車転動面を形成していること。
(3) レールの全幅を全高の略5倍程度としていること。
[相違点]
(1) 戸車転動面の態様について、本件登録意匠においては、断面視略円弧状の緩やかな湾曲面であるのに対し、引用意匠においては、平面状であること。
(2) 戸車溝底部の細溝の態様について、本件登録意匠においては、両側が逆台形状に僅かに傾斜しており、該細溝の深さが戸車溝全体の深さの略3分の1程度であるのに対し、引用意匠においては、両側が垂直に切り立っており、該細溝の深さが戸車溝の深さの略半分程度であること。
(3) レール上面両隅の態様について、本件登録意匠においては、直角に角張らせているのに対し、引用意匠においては、丸面に面取りしていること。
(4) レール裏面の態様について、本件登録意匠においては、平坦面であるのに対し、引用意匠においては、両側寄りに1本ずつ、合計2本の条溝を刻んでいること。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
・・・省略・・・
第4 被告の反論の要点
・・・省略・・・
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件登録意匠と引用意匠との共通点の認定の誤り)について
原告は、審決は、本件登録意匠と引用意匠の共通点の一つとして、「(2)戸車溝の態様について、底部を一段陥没させて断面視略矩形状の細溝を形成し、該細溝の縁部から戸車溝の上縁部にかけて傾斜するやや広幅の戸車転動面を形成していること。」を認定したが、誤りである、引用意匠の戸車溝は、「底部を一段陥没させ」たものではなく、「戸車の外輪が転動するための矩形の溝を構成して、その溝の上部に戸車の内輪が転動するための左右切欠きを設けた」ことがその形状の特徴であり、引用意匠のレールは、いわゆるY字型レールである、と主張する。
しかし、甲第3号証(引用意匠の意匠公報)によれば、審決が、引用意匠の溝の断面形状を、「底部を一段陥没させて断面視略矩形状の細溝を形成し、該細溝の縁部から戸車溝の上縁部にかけて傾斜するやや広幅の戸車転動面を形成している」との表現を用いて認定したことに何ら誤りはないことが、明らかである。すなわち、二つの意匠の類否の判断の説明をするために、意匠の形状を言葉により表現する場合、表現の仕方には種々のものがあり得るのであり、殊更に恣意的な表現を用いることは許されないとしても、そのことを除けば、その中のどれを選択することも可能であるというべきである。要は、それぞれの意匠が正確に把握されていればよいのであり、それを表現する方法を一つに限定すべき理由はないからである。
甲第3号証によれば、本件においては、審決が殊更に恣意的な表現を用いて引用意匠を認定したものとは認められないから、審決のような表現で本件登録意匠と引用意匠の共通点を認定することに何ら誤りはない。したがって、原告が主張する取消事由1は、理由がない。
2 取消事由2(本件登録意匠と引用意匠の相違点の認定の誤り)について
審決は、本件登録意匠と引用意匠との相違点の一つとして、「(2)戸車溝底部の細溝の態様について、本件登録意匠においては、両側が逆台形状に僅かに傾斜しており、該細溝の深さが戸車溝全体の深さの略3分の1程度であるのに対し、引用意匠においては、両側が垂直に切り立っており、該細溝の深さが戸車溝の深さの略半分程度であること。」を認定している。原告は、この認定について、本件登録意匠の細溝の深さは、戸車溝全体の深さの略3分の1程度ではなく4分の1程度であり、引用意匠の溝は細溝ではなく太溝であり戸車溝全体の3分の2の深さである、すなわち、本件登録意匠の細溝部分は、戸車溝深さの25%程度であるのに対して、引用意匠の太溝部分は戸車溝深さの67%程度を占めているのである、と主張する。
確かに、本件登録意匠と引用意匠の溝の深さの割合は、意匠公報の図面上でこれを定規をもって測定すれば、ほぼ原告主張のとおりであることは否定し得ない。しかし、審決は、本件登録意匠及び引用意匠の全体的な構成及びその特徴的な形状を認定しているのであって、その中で、戸車溝の全体の深さに対する細溝の深さの大体の割合を目視により認定しているにすぎないことが明らかである。
そして、「意匠とは、物品の形状、模様・・・であって、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。」(意匠法2条1項)のであるから、本件において、戸車溝の全体の深さに対する正確な割合が、両意匠の対比において重要な要素となるのなら格別、そうでないのなら、その割合について、目視によりおおよその割合を認定することは何ら差し支えなく、上記のような認定上の誤差が生じたとしても、これを審決の結論に影響を与える瑕疵ということはできない。そして、本件における両意匠の対比においては、審決のいう「細溝」の深さの戸車溝全体の深さに対する正確な割合が重要な要素となるものではないことは、取消事由3において述べるところから明らかである。
また、審決が、引用意匠の溝を細溝と認定したのは、上段の「傾斜するやや広幅の戸車転動面」に対して、細溝と表現したものと認めることができるから、この表現にも問題はない。したがって、原告の取消事由2の主張は採用することができない。
3 取消事由3(本件登録意匠と引用意匠の類否判断の誤り)について
(1) 審決は、「共通点(1)の全体の基本構成及び共通点(3)の全体的な寸法比率については・・・多分に機能的要請に基づくものではあるが、両意匠の全体的な骨格を成すものであって、比較的単純な形態から成る両意匠間においては、その共通性は観察者に強く印象づけられるものであり」と認定している。原告は、この認定について、物品そのものの限られた形状と機能に共通性があっても、その共通性は、観察者に強く印象づけられるものではなく、したがって、意匠の類否判断の基準とはなり得ない、逆に、観察者は、共通性があるがゆえにこそ、その部分を無視するのである、と主張する。
しかし、共通点(1)と(3)は、両意匠の基本的な形状でありその全体的な骨格を示すものであることに、両意匠が比較的単純な形態から成ることを併せて考慮すると、その基本的な骨格における共通性が観察者に強く印象づけられるとした審決の認定は正しいということができる。この点を論難する原告の前記主張は、正当な根拠に欠けるものであり、採用し得ない。
(2) 審決が、「共通点(2)の戸車溝の態様については、底部を一段陥没させた態様が特徴的なものであって、これが共通点(1)に加わることによって両意匠の全体的な基調が形成され、両意匠間に強い類似性をもたらしているものと認められる。」と認定したのに対し、原告は、本件登録意匠の戸車溝が一段陥没させた態様であるのに対して、引用意匠の戸車溝においては、太溝部分が戸車溝の大部分を占めており、それが意匠全体の特徴的な部分であり、意匠全体の形状を決定づけている、両意匠の戸車溝の態様は、両意匠間に強い類似性をもたらしているのではなく、逆に、強い非類似性をもたらしているのである、と主張する。
また、審決が「相違点(1)の戸車転動面の態様における差異については、本件登録意匠の湾曲の程度が摩耗による経年変化程度の極緩やかなものであり、しかも出隅部における断面視円弧状の面取りが所謂「匙面」としてありふれたものである」と認定したのに対し、原告は、この部分は審決の基本的な誤りの部分である、すなわち、左右に延びた2面の「匙面」は、いわゆる「お碗形状」であり、これこそが本件登録意匠の最大の特徴的な形状である、引用意匠は、それに対していわゆる「Y字形状」であり、双方は基本形状が全く相違する、と主張する。
しかし、レール材に係る意匠において、戸車用の溝の形状が、その上部が傾斜する広幅の戸車転動面となっている2段構造になっていることが、単純な1段の溝形状のものに比べ、意匠的に顕著な差異をもたらすものであることは明らかというべきである。
そして、レール材としての商品の性質あるいは実際の使用態様を考慮すれば、レール材の前述のような2段の溝形状のうち、下段の溝の深さが浅いか深いかの差異は、レール材全体からみると微細な差異であり、意匠的にわずかな差異をもたらすにすぎないということができる。
また、溝の上部の傾斜する戸車転動面が緩やかな湾曲面状であるか、平面状であるかとの差異も、レール材としての商品の性質あるいは実際の使用態様を考慮すれば、レール材全体からみると微細な差異であり、意匠的にはわずかな美感上の差異をもたらすにすぎないものということができる。
もっとも、レール材を取引者・需要者が購入するに当たって、これを手に取り、レール材の長手方向の側面から、その溝の断面形状を見ることがないわけではなく、その場合は、下段の溝の深さの差異や、溝の上部の傾斜する戸車転動面が湾曲面状であるか、平面状であるかの差異に気がつく者もいることは否定し得ないところである。
しかし、本件登録意匠においては、レール材の溝の上部の傾斜した戸車転動面の湾曲の程度は緩やかなものであるにすぎず、レール材としての商品の性質を考えると、両意匠を全体的に、離隔的に観察すれば、レール材の下段の溝の深さの全体の溝の深さに対する割合や上段に傾斜する戸車転動面の断面形状が平面状か緩やかに湾曲しているかの差異は目立つものではなく、審決が共通点(1)ないし(3)で認定した両意匠の全体的な共通点から受ける意匠的な美感を異ならせるものとまでは、いうことができない。
(3) 原告は、引用意匠の特徴が「底部を一段陥没させた溝」であるとしても、この形状の特徴は、甲4ないし8号証公報にみられるもので、全く創作性のないごくありふれた公知の形状である、したがって、引用意匠は、独創性が極めて高い意匠とはいえず、逆に独創性に乏しい類似範囲の狭い意匠である、と主張する。
しかし、甲4ないし8号証公報は、いずれも引用意匠の意匠登録出願日より後に発行されたものであるから、引用意匠の上記形状の特徴である「底部を一段陥没させた溝」は、引用意匠との関係において公知の形状であるとは認められず、かえって、引用意匠を特徴づける形状であることが推認されるのであり、原告の上記主張は採用することができない。そして、本件登録意匠は、前記のとおり、引用意匠を特徴づける「底部を一段陥没させた溝」の形状において、引用意匠と共通点を有するものであり、この点が他の共通点と相まって、本件登録意匠を引用意匠とその美感を共通にする根拠の一つとなっていることは前述のとおりである。
(4) 原告は、両意匠の相違形状がもたらす機能面での差異は大きく、別紙参考図(2)に示すように、本件登録意匠のレール材は、Y型、U型、V型の3種類の戸車に対応できるのに対し、引用意匠のレール材では、Y型戸車にしか適合性がない、と主張する。
しかし、原告主張の事実を認め得る証拠はなく、また、両意匠を実施した各レール材について、このような機能上の差異があるかどうかは、本件登録意匠と引用意匠の類否を判断する上において、ほとんど影響を与えない事柄であることが明らかである。原告の主張は失当である。
(5) 原告は、審決が「相違点(4)のレール裏面の態様における差異については、・・・該部位が使用時に裏面に隠れてしまうことを考慮すれば、その差異は両意匠の類否を左右するものとは成し得ない。」と認定したことについて、レール材が販売ルートに存在するときは、裏も表も関係なく当業者の目に触れるのであるから、審決の認定は誤りである、と主張する。
しかし、本件登録意匠におけるレールの裏面における2条の溝は、その溝の幅や深さからみてもわずかなものであって、目立つものではなく、また、レール材の具体的な使用態様においてレールの裏面の目立たない位置に存在するものであるから、両意匠の全体としての美感に与える影響はわずかなものである。したがって、この点についての審決の認定に誤りはなく、原告の主張は採用することができない。
4 結論
以上に検討したところによれば、原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく、その他、審決には、これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
関連情報
(作成2025.02.13、最終更新2025.02.13)
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