特許請求の範囲の明確性

特許請求の範囲の記載要件

特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければなりません。
 一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
 二 特許を受けようとする発明が明確であること
 三 請求項ごとの記載が簡潔であること。
 四 その他経済産業省令で定めるところにより記載されていること。

この内、第二号は、「明確性要件」について規定します。特許請求の範囲の記載は、これに基づいて審査対象の発明が把握され、特許後には権利範囲が特定されるので、一の請求項から発明が明確に把握される必要があります。

以下、特許庁審査基準を、抜粋及び要約しつつ、確認してみます。

 


明確性要件についての判断(基本的な考え方)

請求項に係る発明が明確に把握されるためには、請求項に係る発明の範囲が明確であること、すなわち、ある具体的な物や方法が請求項に係る発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できるように記載されていることが必要である。また、その前提として、発明特定事項の記載が明確である必要がある。

特許を受けようとする発明が請求項ごとに記載されるという、請求項の制度の趣旨に照らせば、一の請求項に記載された事項に基づいて、一の発明が把握されることも必要である。

 


明確性要件違反の類型

(1)請求項の記載自体が不明確である結果、発明が不明確となる場合

a 請求項に日本語として不適切な表現がある結果、発明が不明確となる場合
 たとえば、誤記、不明確な記載等がある。

b 明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、請求項に記載された用語の意味内容を当業者が理解できない結果、発明が不明確となる場合
 たとえば、発明の詳細な説明に定義が記載されておらず、出願時の技術常識でもない用語(「KM-II 触媒」)がある。

 

(2)発明特定事項に技術的な不備がある結果、発明が不明確となる場合

a 発明特定事項の内容に技術的な欠陥があるため、発明が不明確となる場合
 たとえば、「40~60質量%のA成分と、30~50質量%のB成分と、20~30質量%のC成分からなる合金。」の場合、Aの最大成分量(60)と残り二成分B,Cの最小成分量(30, 20)の和が100%を超えており、技術的に正しくない記載を含んでいる。

b 発明特定事項の技術的意味を当業者が理解できず、さらに、出願時の技術常識を考慮すると発明特定事項が不足していることが明らかであるため、発明が不明確となる場合
 なお、発明特定事項の技術的意味とは、発明特定事項が、請求項に係る発明において果たす働き役割のことを意味する。明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮する。
 たとえば、「金属製ベッドと、弾性体と、金属板と、自動工具交換装置のアームと、工具マガジンと、を備えたマシニングセンタ。」の場合、弾性体及び金属板と他の部品との構造的関係は何ら規定されておらず、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、弾性体及び金属板の技術的意味を理解することができない。そして、マシニングセンタの発明においては、部品の技術的意味に応じて他の部品との構造的関係が大きく異なることが出願時の技術常識であり、このような技術常識を考慮すると、請求項において、弾性体及び金属板と他の部品との構造的関係を理解するための事項が不足していることは明らかである。

c 発明特定事項同士の関係が整合していないため、発明が不明確となる場合
 たとえば、「出発物質イから中間生成物ロを生産する第1工程及びハを出発物質として最終生成物ニを生産する第2工程からなる最終生成物ニの製造方法」と記載され、第1工程の生成物と第2工程の出発物質とが相違しており、しかも、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して「第1工程」及び「第2工程」との用語の意味するところを解釈したとしても、それらの関係が明確でない。

d 発明特定事項同士の技術的な関連がないため、発明が不明確となる場合
 たとえば、「特定のエンジンを搭載した自動車が走行している道路」など

e 請求項に販売地域、販売元等についての記載があることにより、全体として技術的でない事項が記載されていることになるため、発明が不明確となる場合

 

(3)請求項に係る発明の属するカテゴリーが不明確であるため、又はいずれのカテゴリーともいえないため、発明が不明確となる場合
 たとえば、「~する方法又は装置」「~する方法及び装置」など

 

(4)発明特定事項が選択肢で表現されており、その選択肢同士が類似の性質又は機能を有しないため、発明が不明確となる場合
 たとえば、「特定の部品又は該部品を組み込んだ装置」「特定の電源を有する送信機又は受信機」など

 

(5)範囲を曖昧にし得る表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合
 但し、範囲を曖昧にし得る表現があるからといって、発明の範囲が直ちに不明確であると判断するのではなく、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮してその表現を含む発明特定事項の範囲を当業者が理解できるか否かを検討する。

a 否定的表現(「~を除く」、「~でない」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

b 上限又は下限だけを示すような数値範囲限定(「~以上」、「~以下」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

c 比較の基準若しくは程度が不明確な表現(「やや比重の大なる」、「はるかに大きい」、「高温」、「低温」、「滑りにくい」、「滑りやすい」等)があるか、又は用語の意味が曖昧である結果、発明の範囲が不明確となる場合

d 範囲を不確定とさせる表現(「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合
 但し、範囲を不確定とさせる表現があっても発明の範囲が直ちに不明確であると判断をするのではなく、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して、発明の範囲が理解できるか否かを検討する。
 たとえば、「半導体基板の表面に被覆原料を堆積させる方法において、被覆原料を堆積させる際に半導体基板を回転させることにより、被覆原料の実質的に均一な供給を行うことを特徴とする被覆方法。」の場合、被覆原料を完全に均一に供給することが不可能であることは、出願時における技術常識である。明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮すると、本願発明は、半導体基板を回転させることにより、半導体基板の表面に供給する被覆原料の供給量を実質的に均一にするものである、ということが理解できる。そして、ここでいう「実質的に均一な供給」とは、半導体基板を回転させることにより得られる程度の均一性を意味することが明確に把握できる。したがって、発明の範囲は明確である。なお、本事例において、「実質的に」が「略」と記載されていても、同様に判断される。

e 「所望により」、「必要により」などの字句とともに任意付加的事項又は選択的事項が記載された表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合(「特に」、「例えば」、「など」、「好ましくは」、「適宜」のような字句を含む記載もこれに準ずる。)
 但し、たとえば、選択的事項について、それが、上位概念で記載された発明特定事項の単なる例示にすぎないものと理解できる場合(例えば、「アルカリ金属(例えばリチウム)」といった表現がされている場合)は、発明の範囲は明確である。
 また、任意付加的な事項において、発明の詳細な説明に、その付加的事項について、任意であることが理解できるように記載されている場合も、発明の範囲は明確である。

f 請求項に0を含む数値範囲限定(「0~10%」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合
 発明の詳細な説明に数値範囲で限定されるべきものが必須成分である旨の明示の記載がある場合は、その成分が任意成分であると解される「0~10%」との用語と矛盾し、請求項に記載された用語が多義的になり、発明の範囲が不明確となる。これに対し、発明の詳細な説明に、それが任意成分であることが理解できるように記載されている場合は、0を含む数値範囲限定が記載されていても、発明の範囲は不明確とはならない。

g 請求項の記載が、発明の詳細な説明又は図面の記載で代用されている結果、発明の範囲が不明確となる場合
 たとえば、「図1に示す自動掘削機構」等の代用記載を含む場合

 


物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合

物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている場合において、その請求項の記載が「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時においてその物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる。そうでない場合には、当該物の発明は不明確であると判断される。

上記の事情として、以下のものが挙げられる。
 (i) 出願時において物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったこと。
 (ii) 特許出願の性質上、迅速性等を必要とすることに鑑みて、物の構造又は特性を特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出又は時間を要すること。

出願人は、上記の事情の存在について、発明の詳細な説明、意見書等において、これを説明することができる。

 


プリントアウト用pdfファイル「特許請求の範囲の明確性


(作成2019.05.10、最終更新2019.05.10)
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