池田菊苗の「味の素」特許

池田菊苗の代表特許:グルタミン酸塩を主要成分とする調味料製造法

池田 菊苗(いけだ きくなえ)氏によるうま味調味料「味の素(登録商標)」の特許について、“解読”してみました。

正確には、特許第14805号公報(pdf)をご確認ください。

池田菊苗氏は、日本の十大発明家のお一人で、昆布のうま味がグルタミン酸であることを突き止め、うま味調味料「味の素」を商品化しました。

なお、以下において、赤字には、本書末尾に用語解説を入れています。

 


特許第14805号

第77類
出願 明治41年4月24日
特許 明治41年7月25日
東京市・・・
 池田 菊苗

グルタミン酸塩を主要成分とする調味料製造法

本発明は、塩酸もしくは硫酸のような強酸の作用により、タンパク質もしくはタンパク質含有物質を加水分解させた果成物より、グルタミン酸塩を主要成分として含む調味料を製造する方法である。グルタミン酸塩類が最も濃厚な快美の味を呈し調味料に適すること、及びこの物が調味用昆布の主要な有効成分であることは、本発明者が初めて発見した所であって、この塩はまた実に普通醤油の有効成中、主要のものであることに疑いない。故に、複雑で物資及び時間を徒費すること多い従来の醤油醸造法に代える簡易捷径(しょうけい)の方法をもって行い、且つ有効成分を含むこと比較的に僅少な鰹節、昆布、肉エキス等に代わる濃厚純潔でしかも廉価な調味料を製造することが、本発明の目的である。

本発明を実行するのに用いるタンパク質は、植物性であるか動物性であるかを問わず、加水分解によって比較的多量のグルタミン酸を生ずるものがよい。例えば、小麦粉より製取する麩質、牛乳より分解するカゼインのようなものは、原料として適当なものである。しかしながら、大豆のタンパク質のように分離の困難なものにあっては、原料をそのまま若しくは単に脂油を除去するような一部分離の操作を施したのみにて使用することを妨げない。加水分解を行うには、3から10規定濃度の塩酸もしくは硫酸を用い、これに重量1/8から1/3のタンパク質を投入し、徐々に熱して溶解させ、その後、温度を上げ加熱を継続して加水分解を完結させる。この際、酸および水分の逃逸(とういつ)を防ぐために、容器の上部を密閉し、もしくは適当な冷却装置の備えを要する。

硫酸を用いる場合には、石灰を用いてこれを中和し、生じた石膏を濾し去り、さらに適量の炭酸ソーダを加えて、カルシウム分を炭酸塩として沈殿させる。こうすれば、暗褐色で良好の味を有する液を生ずるので、これを蒸発乾燥して1割から4割のグルタミン酸ナトリウムを含む調味料を作る。

最も純濃な調味料を作るには、右に記載した暗褐色液を蒸発して適度の濃さとし、そしてこれに適量の硫酸を加えて放置し、遊離グルタミン酸を結晶として析出させ、こうして得たグルタミン酸を常法によって脱色し、再結晶法によって精製した後、これをソーダにて中和して純粋のグルタミン酸ナトリウムを作る。この塩は、極めて水に溶け易いけれども、潮解性なく白色無臭であって最も純潔濃厚の調味料である。また、右のようなナトリウム塩を作る代わりに、グルタミン酸7分と重炭酸ソーダ4分との混合物を作って、これに代用してもよい。

塩酸を用いてタンパク質を加水分解した場合には、腐食質状の黒色物を生ずるため、これを濾し去った濾液を蒸留して塩酸の一部分を回収し、濃稠(のうちょう・のうちゅう)の液を残留させる。この液をソーダにて中和したもの、及びこれを蒸発乾涸(かんこ)したものは調味料として使用することができる。

一層濃厚の調味料を作るには、前記蒸留残液を冷却放置して塩化水素グルタミン酸を結晶として十分に析出させ、これを母液より分け、さらに濃塩酸より再結晶させて純粋の塩化水素グルタミン酸とし、これをソーダにて中和し、グルタミン酸ナトリウムと食塩との混合物を作る。

食塩分を混有しない純濃の調味料を作るには、前記の方法によって得た塩化水素グルタミン酸を水に溶かし、これに適量のソーダを加えて塩化水素を中和すれば、グルタミン酸は結晶となって析出するので、これを用いてグルタミン酸ナトリウムを作ること、上文に記載したとおりである。

ただナトリウム塩だけでなくグルタミン酸塩は、すべて同様の味を呈するものであって、カルシウム塩、カリウム塩のようなものは、その味特に純粋でなければ、栄養の目的上、特殊の金属塩を供給する必要ある場合には、その金属のグルタミン酸を調味料として使用するのがよいこともある。

強酸の作用によりタンパク質を加水分解して作るグルタミン酸塩を主要成分とする調味料は、昆布、鰹節、肉エキス等と同様の効用あるのみならず、茶、菓子、酒、酢のような固形もしくは液状の飲食物および嗜好品に加えて、大いにその味を増進させることができる。特に、この調味料と食塩とを適当の割合で水に溶かし、これに適当の色素および香料を加えれば、非常に良好の醤油を得られ、この調味料の用途が非常に広いものを示すものである。

グルタミン酸は、化学上、既に広く知られたものであるが、何ら実用に供せられることなく、その価値は全く学術研究上に限られなかったら極めて稀に学術用標品としてこれを販売する者あっても、極めて高価で、ドイツ国ベルリンの著名な化学薬品製造業者「カール バウム」の1907年度定価表によれば、1瓶の価格1.2マルク、10瓶の価格10マルクである。グルタミン酸ナトリウムに至っては、その諸性質化学上においてもほとんど未知に属し、元々これを実用に供したるものはない。ところが、前記の方法によって多量にこれを製造するときは、その価格、1数円に過ぎず、広く調味料として使用するに適するのみならず、その効力卓絶するので、これを昆布、鰹節等と比べると、はるかに廉価の調味料である。つまり、強酸を用いタンパク質を加水分解し、その成生物の全部もしくは一部を中和して良好な調味料を製造する方法は、従来未だかつてない所であって、本発明が最初である。

特許法により本発明の特許を請求する範囲は、次のとおりである。

一 本文所載の目的において本文に詳記したように強酸を用いてタンパク質もしくはタンパク質含有物を加水分解させて生じる果成物の全部もしくは一部を塩基にて中和し、よって固形もしくは液状の飲食物および嗜好品に特異の好味を付すべきグルタミン酸塩を主要成分とする調味料を製造する方法

 


用語解説

*出典のないものは、弊所解釈です。

  • 快美(かいび)=「この上もなくこころよいこと。また、そのさま。」(「デジタル大辞泉」小学館)
  • 普通醤油=濃口醤油
  • 捷径(しょうけい)=「(1)近道。早道。(2)手っ取り早い手段。」(梅棹忠夫・金田一春彦・阪倉篤義・日野原重明 監修「日本語大辞典」講談社、1989年)
  • 麩質(ふしつ)=グルテン(フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」)
  • 逃逸(とういつ)=「走り逃げること。」(「大辞林 第3版」三省堂)
  • 潮解(ちょうかい)=「固体が大気中の水蒸気を吸ってそれに溶けこみ、水溶液になる現象。」(前記「日本語大辞典」)
  • 濃稠(のうちょう・のうちゅう)=濃厚、濃密
  • 乾涸(乾枯:かんこ)=「物がかわいて水分がなくなること。また、かわかすこと。」(「精選版 日本国語大辞典」小学館)
  • (きん)=「目方または重さの単位。普通は、一斤を一六〇匁(もんめ)とし、尺貫法では一斤=一六〇匁=600グラムとした。」(「大辞林 第3版」三省堂)
  • 卓絶(たくぜつ)=「他よりも非常にすぐれていること。卓越。卓出。」(前記「日本語大辞典」)

 


(作成2019.10.26、最終更新2019.10.26)
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