はじめに
特許出願の必要性、特許権取得の意味において、次のように申し上げました。
「特許出願する最大のメリットは、将来における自社の実施を確保する点にあります。まずは出願さえしておけば、同一発明について、もう他社に権利を取られるおそれはありません。…将来事業化(製品化)するにしても、先に出願しておかなければ、他社が先に出願し、事業化を妨げられるおそれがあります。…自社の実施を確保した上で、さらに他社の実施を排除できる状態とするか否かは、次の段階です。」
また、出願審査の請求についてで、次のように申し上げました。
「出願を完了すると、その出願前に他人が出願していない限り、もう他人に権利をとられることはありません。つまり、その後に同一内容を出願した他人から、警告や差止めや損害賠償請求されるおそれはなくなります。したがって、他人から文句をいわれたくないだけでしたら、出願だけして、出願審査請求する必要はないともいえます。」
このように、特許出願さえしておけば、仮に権利化できなくても、第三者の権利化を阻止する効果を得られます。(a)審査の結果、不幸にも権利化できなかった場合だけでなく、(b)最初から権利化を望まずに、単に第三者による権利化阻止を目的として出願(防衛出願)する場合もあります。いずれも、出願内容の公報発行を条件に、同一発明についての他者の権利化を阻止する効果を得られます。
以下、“なぜ”そのような効果を得られるのかについて、確認してみます。
出願による他者権利化阻止効果を得られる理由(防衛出願の効果)
前提知識として、二つほど必要です。
一つ目は、出願公開です。特許出願から登録までの流れから分かるように、特許出願すると、原則として、出願日から1年6月経過したとき、出願公開されます。願書に添付した明細書、特許請求の範囲、図面の内容が、公開公報(公開特許公報)に掲載されます。審査を受けていなくても、特許になっていなくても、出願すれば、原則として、出願内容は公報に掲載されるのです。審査段階の如何にかかわらず、出願内容を早期に公開することで、重複研究、重複投資、重複出願の防止を図ろうとするものです。
二つ目は、出願審査請求です。出願審査の請求についてから分かるように、特許出願の場合、出願しただけでは特許庁は出願内容を審査しません。出願内容を審査してもらうには、出願とは別に、出願審査請求が必要です。出願審査請求は、原則として出願日から3年以内に行う必要があります。所定期間内に請求しない場合、出願は取り下げたものとみなされます。
ここで重要なことは、出願審査の請求期限(出願日から3年)の前に、出願公開(出願日から1年6月)がなされている、ということです。つまり、所定期限までに出願審査請求をせずに出願が取下げ扱いになっても、出願内容は既に公報にて公開されているという訳です。
以上を前提に、出願による他者権利化阻止効果を得られる理由について、みていきます。
自分(自社)の出願Xが先にあり、その後、他人(他社)の出願Y1やY2がなされたとします。自分の出願Xが「先願(せんがん)」、他人の出願Y1,Y2が「後願(こうがん)」という訳です。自分の出願Xが、(a)審査で拒絶されて仮に権利化できなくても、あるいは(b)最初から権利化を目指さず出願だけして出願審査請求しないことにより取下げ扱いになっても、後日の同一発明についての他人の出願Y1,Y2を拒絶に至らせることができます。つまり、出願さえしておけば、同一発明についての後願を排除できることになります。
以下、具体的にみていきます。
【1】 まず、他人の出願Y1が、自分の出願Xの出願公開(公開公報発行)の“後”になされた場合です。この場合、後願Y1は、新規性がないとして、拒絶されます(特許法29条1項)。特許は、新規発明開示の代償として付与されるものですから、発明が新しいことが必要ですが、後願Y1の出願前に先願Xの出願内容は公開されていますから、先願Xと同一発明についての後願Y1は、新規性がないとして拒絶されます。
なお、先願Xの特許請求の範囲に記載の発明Aだけでなく、明細書や図面に記載の発明Bについても、後願Y1は、新規性がないとして拒絶されることになります。明細書や図面の内容も、公報に掲載されるからです。
後願Y1が権利請求しようとする発明(特許請求の範囲に記載の発明)が、先願Xに記載の発明と同一ではなく、改良改変等を加えている場合ですが、その場合は、その改良改変等の程度により、進歩性の有無が判断されます。いわゆる当業者が通常考え付く程度の改良改変等であれば、後願Y1は進歩性がないとして拒絶されます(特許法29条2項)。
新規性や進歩性の詳細については、発明の新規性・進歩性をご覧ください。
【2】 次は、他人の出願Y2が、自分の出願Xの出願公開(公開公報発行)の“前”になされた場合です。この場合、後願Y2の出願時において、先願Xの内容は公開されていませんから、後願Y2は、新規性や進歩性で拒絶されることはありません。しかしながら、先願Xが出願公開等されると、後願Y2は何ら新しい技術を公開するものとはならないため、拡大先願(特許法29条の2)の規定により拒絶されます。
つまり、先願Xが出願公開等される前に後願Y2が出願されても、先願Xの当初明細書等に記載された発明と同一発明については、後願Y2は特許を受けることができません。
拡大先願の詳細については、拡大先願(特許法29条の2)をご覧ください。
まとめ
以上のとおり、特許出願さえしておけば、出願内容が公開されますから、同一発明について、もう他人に権利を取られるおそれはありません。つまり、その後に同一内容を出願した他人から、警告や差止めや損害賠償請求されるおそれはなくなります。
一方、他人が真似をしたときに、それを止めるには、特許権を取得する必要があります。そのためには、出願審査請求して、審査を受け、審査をパスする必要があります。
発明に応じて、(i)出願するか否か、(ii)審査を受けて特許を取得するか否か、を決めていくことになります。前記(ii)については、出願審査の請求期限が出願日から3年ですから、その間に決めればよいことになります。
防衛出願とは?
防衛出願とは、自らの権利化(特許権取得)までは望まないけれども、第三者による権利化の阻止を目的としてなされる特許出願をいいます。
(作成2020.06.14、最終更新2020.06.14)
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