拡大先願(特許法29条の2)

はじめに

  • 本ページの解説動画先願(特許法39条)と拡大先願(特許法29条の2)【動画】
  • 特許を受けようとする者は、願書に、明細書特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付して、特許庁長官に提出しなければなりません(特許出願書類の例)。明細書及び図面に記載した発明の内、特許を受けようとする発明が、特許請求の範囲に記載されます。その際、請求項と呼ばれる項に区分して、特許を受けようとする発明が特定されます。
  • 特許制度は、新規発明開示の代償として、特許請求の範囲に記載の発明(請求項に係る発明)について、一定期間の独占排他的実施を認めるものです。独占排他権のため、重複特許を排除する必要があります。そこで、同一の発明について二以上の出願があったときは、最先の出願人のみがその発明について特許を受けることができます(特許法39条の「先願」の規定)。特許法29条の2の「拡大先願」の規定は、特許法39条の先願の地位を拡大させる規定です。

 


拡大先願とは

拡大先願とは、先願が出願公開等される前に後願が出願されても、先願の当初明細書等に記載された発明と同一発明については、後願は特許を受けることができない旨の規定です(特許法29条の2)。

但し、発明者が同一の場合、又は後願の出願時において出願人が同一である場合は、本規定は適用されません。

  • 先願には、特許出願の他、実用新案登録出願も含まれます。
  • 先願の出願公開等とは、特許掲載公報の発行出願公開、又は実用新案掲載公報の発行をいいます。なお、特許掲載公報とは、特許権の設定登録時に発行される公報、実用新案掲載公報とは、実用新案権の設定登録時に発行される公報をいいます。また、出願公開とは、特許出願について、原則として出願日から1年6月経過したとき、審査段階の如何にかかわらず、公開公報(公開特許公報)により出願内容を公開することをいいます。
  • 当初明細書等に記載された発明とは、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲(若しくは実用新案登録請求の範囲)又は図面に記載された発明(又は考案)をいいます。

 


制度趣旨

 たとえ先願が出願公開等される前に後願が出願されても、後願に係る発明が先願の当初明細書等に記載された発明と同一である場合には、先願が出願公開等された後にさらに後願について出願公開等しても、後願は新しい技術を何ら公開するものではありません。このような発明に特許権を付与することは、新規発明開示の代償として発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当ではありません。
 そこで、後願の出願後に出願公開等された先願の当初明細書等に記載されている発明と同一発明についての後願を拒絶する旨を規定したのです。

 


適用条件

拡大先願の規定により、本願が拒絶される要件は、以下のとおりです。

なお、「他の出願」とは、「先の出願(先願:せんがん)」であり、「本願」とは、審査の対象となっている「後の出願(後願:こうがん)」です。

  • 他の出願が本願の出願日の前日以前に出願されたものであること。
  • 他の出願が本願の出願後に出願公開等がされたものであること。
  • 他の出願の発明者が本願の請求項に係る発明の発明者と同一でないこと。
  • 他の出願の出願人が本願の出願時において、本願の出願人と同一でないこと。
  • 本願に係る発明(本願の請求項に係る発明)と、他の出願の当初明細書等に記載された発明とが同一であること。

 

本願の請求項に係る発明と引用発明(他の出願の当初明細書等に記載された発明)とが同一か否かの判断

本願の請求項に係る発明と、引用発明とを対比した結果、以下の(i)又は(ii)の場合は、両者を「同一」と判断します。

  • (i) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がない場合
  • (ii) 本願の請求項に係る発明と引用発明との間に相違点がある場合であっても、両者が実質同一である場合
    ここでの実質同一とは、本願の請求項に係る発明と引用発明との間の相違点が課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)である場合をいいます。

 


なぜ「拡大」先願というのか

第39条の「先願」の規定は、特許請求の範囲同士が重複するか否か、言い換えれば、先願が後願を排除できる範囲は、特許請求の範囲に係る発明に限られています。

これに対し、第29条の2の「拡大先願」の規定では、先願の特許請求の範囲だけでなく、明細書や図面に記載された発明についても、後願を排除することができます

このように、第29条の2の規定は、第39条の規定に比べて、先願が後願を排除できる範囲が「拡大」されています。
そのため、「拡大先願」と呼ばれています。

 


拡大先願(29条の2)の具体例
新規性(29条1項)、進歩性(29条2項)、先願(39条)との違いも含めて

拡大先願(特許法29条の2)

*別の参考図:先願と拡大先願との関係図(上図を条文ごとにばらしたもの)

  • 出願Xと、それよりも出願日が遅い出願Yがあるとします。出願Xが先願、出願Yが後願です。
  • 先願Xの当初明細書等には、発明Aと発明Bとが開示されており、その内、発明Aが特許請求の範囲に記載されています(請求項に係る発明がA)。
  • 後願Yの当初明細書等には、発明Bと発明Cとが開示されており、その内、発明Bが特許請求の範囲に記載されています(請求項に係る発明がB)。
  • 後願Yの出願時、先願Xはまだ出願公開等されていません。つまり、先願Xの出願内容は未公開(公報発行前)の状態です。

 

【1】仮に、先願Xの出願公開等の後に後願が出願された場合(出願Y´の場合)を考えてみます。

この場合、後願Y´の出願前に先願Xの出願内容(発明A,B)が公開されているので、後願Y´に係る発明(請求項に係る発明B)は新規性がなく、特許を受けることができません(29条1項3号)。

先願Xに開示される発明Bそのものだけでなく、改良改変を加えた発明B+αについても、その改良改変具合によっては、進歩性がないとして特許を受けることができない可能性もあります(29条2項)。

 

【2】一方、先願Xの出願公開等の前に後願が出願された場合(出願Yの場合)を考えてみます。

この場合、後願Yの出願時において、先願Xが未公開である以上、先願Xが後願Y(請求項に係る発明B)の新規性や進歩性を否定する根拠にはなり得ません。

しかしながら、後願Yに係る発明Bは、先願Xの当初明細書等に記載されています。そのため、後願Yは、拡大先願の規定に基づき、先願Xにより拒絶されます(29条の2)。

但し、両出願X,Yの発明者が同一の場合、又は後願Yの出願時において両出願X,Yの出願人が同一であるときは、拡大先願の規定は適用されません。つまり、他の特許要件の具備を条件に、後願Yは特許を受けることができます。

 

【3】発明者同一でもなく出願人同一でもない場合、後願Yの出願人は、たとえば、請求項に係る発明をBではなく、そのBに(先願Xの当初明細書等に開示のない、そして後願Yの出願当初明細書等には開示のある)αを付加することで、特許を受けることができる可能性があります。

この際、請求項に係る発明をBではなくCに差し替えれば済むのではないか、と思われるかもしれません。もちろん、それが可能であれば、拡大先願の拒絶理由を解消できます。ところが、この補正(請求項に係る発明をBからCに差し替える修正)が許容されない場合もあります。発明の特別な技術的特徴を変更する補正は許容されません(シフト補正の禁止:17条の2第4項)。

たとえば、出願Yの当初明細書等に、別箇の発明(解決課題が異なり技術的関連性も低い発明)としてシャワーヘッドと浴槽とが開示され、その内、シャワーヘッドのみが特許請求の範囲に記載されているとします。特許庁審査官は、シャワーヘッドについて先行技術を調査し審査する訳ですが、仮に審査途中で請求項に係る発明をシャワーヘッドから浴槽に変更されたのでは、審査官がそれまでにした先行技術調査や審査を有効に活用できず、これらをやり直すこととなり、迅速、的確な権利付与に支障が生じます。また、出願間の取扱いの公平性も、十分に確保されなくなります。そのため、発明の差替補正(発明の特別な技術的特徴を変更する補正)は禁止されているのです。

この点を考慮すると、実務的には、発明Bに何らかのプラスα(BとCの関係によってはCもあり得る)をすることが現実的です。具体的には、発明が解決しようとする課題の関連性を維持し、また技術的関連性の低い技術的特徴を追加することなく、構造をさらに具体化したり、他の構成を付加したりすることが考えられます。

このようにして、先願Xの当初明細書等に記載された発明との間に相違点を作る訳ですが、相違点があっても実質的に同一であれば、拒絶理由は解消しません。具体的には、相違点が課題解決のための具体化手段における微差(周知技術・慣用技術の付加・削除・転換等であって新たな効果を奏するものではないもの)である場合、拒絶理由は解消しません。

 

【4】なお、仮に、出願X´のように、先願X´の特許請求の範囲に発明Bが記載されている場合(請求項に係る発明がBの場合)、先願X´と後願Yとは、請求項に係る発明がBで一致するため、重複特許排除の規定である先願(39条)の規定にも違反します。出願人や発明者が同一でも先願の規定は適用されます。

いずれを用いて後願を拒絶するかは審査官の自由ですが(特許庁編『工業所有権法逐条解説 第20版』)、審査基準では、第39条(先願)よりも第29条の2(拡大先願)が優先的に適用されます。

 


関連情報

 


参考条文(2019.12.24)

特許法
(特許の要件)
第29条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
  一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明
  二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明
  三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明
 2 特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。

第29条の2 特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録出願であつて当該特許出願後に第66条第3項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した特許公報(以下「特許掲載公報」という。)の発行若しくは出願公開又は実用新案法(昭和34年法律第123号)第14条第3項の規定により同項各号に掲げる事項を掲載した実用新案公報(以下「実用新案掲載公報」という。)の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲又は図面(第36条の2第2項の外国語書面出願にあつては、同条第1項の外国語書面)に記載された発明又は考案(その発明又は考案をした者が当該特許出願に係る発明の発明者と同一の者である場合におけるその発明又は考案を除く。)と同一であるときは、その発明については、前条第1項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。ただし、当該特許出願の時にその出願人と当該他の特許出願又は実用新案登録出願の出願人とが同一の者であるときは、この限りでない。

(先願)
第39条 同一の発明について異なつた日に二以上の特許出願があつたときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。
 2 同一の発明について同日に二以上の特許出願があつたときは、特許出願人の協議により定めた一の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができる。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、いずれも、その発明について特許を受けることができない。
 3 特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合において、その特許出願及び実用新案登録出願が異なつた日にされたものであるときは、特許出願人は、実用新案登録出願人より先に出願をした場合にのみその発明について特許を受けることができる。
 4 特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合(第46条の2第1項の規定による実用新案登録に基づく特許出願(第44条第2項(第46条第6項において準用する場合を含む。)の規定により当該特許出願の時にしたものとみなされるものを含む。)に係る発明とその実用新案登録に係る考案とが同一である場合を除く。)において、その特許出願及び実用新案登録出願が同日にされたものであるときは、出願人の協議により定めた一の出願人のみが特許又は実用新案登録を受けることができる。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、特許出願人は、その発明について特許を受けることができない。
 5 特許出願若しくは実用新案登録出願が放棄され、取り下げられ、若しくは却下されたとき、又は特許出願について拒絶をすべき旨の査定若しくは審決が確定したときは、その特許出願又は実用新案登録出願は、第1項から前項までの規定の適用については、初めからなかつたものとみなす。ただし、その特許出願について第2項後段又は前項後段の規定に該当することにより拒絶をすべき旨の査定又は審決が確定したときは、この限りでない。
 6 特許庁長官は、第2項又は第4項の場合は、相当の期間を指定して、第2項又は第4項の協議をしてその結果を届け出るべき旨を出願人に命じなければならない。
 7 特許庁長官は、前項の規定により指定した期間内に同項の規定による届出がないときは、第2項又は第4項の協議が成立しなかつたものとみなすことができる。

 


(作成2019.12.25、最終更新2020.04.18)
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