特許請求の範囲と発明の実施

特許請求の範囲(発明のカテゴリー)と実施行為との関係

特許権の効力で述べたように、特許権者は、業として特許発明の「実施」をする権利を専有します(特許法第68条)。

ここでは、特許請求の範囲との関係で、「実施」とはどのような行為をいうのかを確認してみます。

前提として、発明には、「物の発明」「方法の発明」「物を生産する方法の発明」という三つのカテゴリーがあります。
どのカテゴリーに属するかは、特許請求の範囲の各【請求項】の末尾から分かります(特許請求の範囲について特許請求の範囲の具体例)。

このカテゴリーに応じて、「実施」の内容が変わってきます。
特許請求の範囲で、どのカテゴリーの発明を権利請求するか(そして特許を取得するか)に応じて、権利行使できる態様が異なってくるのです。

特許権は、自己のみが実施でき、他者の実施を排除する権利ですから、独占排他的に行える「実施」がどのようなものか、予め理解しておく必要があります。
権利取得後にどのような実施について、独占できるのか(そして他者を排除できるのか)を、予め考えて、特許請求の範囲を作成(カテゴリーを選択)する必要があります。

 


実施とは

発明について「実施」とは、発明のカテゴリーに応じて、以下のとおりです(特許法第2条第3項)。

なお、以下において、「物」には、プログラム等が含まれます。
「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたもの)、その他電子計算機による処理の用に供する情報であつてプログラムに準ずるもの、をいいます(特許法第2条第4項)。

 

「物の発明」の実施

物の発明について、「実施」とは、次に掲げる行為をいいます。

  • その物の生産をする行為
  • その物の使用をする行為
  • その物の譲渡等をする行為
    「譲渡等」とは、譲渡及び貸渡しをいいます。また、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含みます。
  • その物の輸出若しくは輸入をする行為
  • その物の譲渡等の申出をする行為
    「譲渡等の申出」には、譲渡及び貸渡しのための展示や、カタログによる勧誘パンフレットの配布等を含みます。

 

「方法の発明」の実施

方法の発明(単純方法)について、「実施」とは、次に掲げる行為をいいます。

  • その方法の使用をする行為

 

「物を生産する方法の発明」の実施

物を生産する方法の発明(生産方法)について、「実施」とは、次に掲げる行為をいいます。

  • その方法の使用をする行為
  • その方法により生産した物の使用をする行為
  • その方法により生産した物の譲渡等をする行為
    「譲渡等」とは、譲渡及び貸渡しをいいます。また、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含みます。
  • その方法により生産した物の輸出若しくは輸入をする行為
  • その方法により生産した物の譲渡等の申出をする行為
    「譲渡等の申出」には、譲渡及び貸渡しのための展示や、カタログによる勧誘パンフレットの配布等を含みます。

 


特許発明の実施

特許権者は、業として「特許発明」の実施をする権利を専有します(特許法第68条)。

「特許発明」とは、特許を受けている発明をいいます(特許法第2条第2項)。

その発明内容(特許発明の技術的範囲)は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければなりません(特許法第70条第1項)。

その際、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとします(同条第2項)。但し、願書に添付した要約書の記載を考慮してはなりません(同条第3項)。

 


業としての実施

特許権者は、「業として(ぎょうとして)」特許発明の実施をする権利を専有します(特許法第68条)。

つまり、第三者が特許発明を「業として」実施する場合に限り、権利行使(差止請求や損害賠償請求等)することができます。

「業として」とは、広く「事業として」の意であり、営利非営利は問いません

『具体的な事例をあげれば、洗濯屋が電気洗濯機を使用するのは「業として」であり、公共事業としての干拓事業において浚渫機を使用するのも「業として」である。これに対して電気洗濯機を家庭の主婦が使用することは「業として」に該当しない。』(特許庁編『工業所有権法逐条解説 第20版』第260頁)

より具体的に述べれば、次のとおりです。

 

「物の発明」の業としての実施

「電気洗濯機」について特許を取得した場合、次の行為は、「業として」の実施です。

  • 電機メーカが電気洗濯機を工場で生産する行為
  • クリーニング店が電気洗濯機を工場で使用する行為
  • 電機メーカが消費者に電気洗濯機を譲渡又は貸渡しする行為
  • 電機メーカが電気洗濯機を外国へ輸出する行為
  • 家電量販店が電気洗濯機を外国から輸入する行為
  • 家電量販店が電気洗濯機を展示(譲渡のために展示)したり、カタログによる勧誘・パンフレットの配布等をする行為

一方、次の行為は、「業として」の実施ではありません。

  • 消費者が電気洗濯機を家庭内で使用する行為

 

「方法の発明」の業としての実施

「洗濯方法」について特許を取得した場合、次の行為は、「業として」の実施です。

  • クリーニング店がその洗濯方法を工場で使用する行為

一方、次の行為は、「業として」の実施ではありません。

  • 消費者がその洗濯方法を家庭で使用する行為

 

「物を生産する方法の発明」の業としての実施

「電気洗濯機の製造方法」について特許を取得した場合、次の行為は、「業として」の実施です。

  • 電機メーカがその製造方法を用いて電気洗濯機を生産(つまりその方法を使用)する行為
  • クリーニング店がその製造方法により生産した電気洗濯機を使用する行為
  • 電機メーカがその製造方法により生産した電気洗濯機を譲渡若しくは貸渡し、輸出若しくは輸入、又は譲渡等の申出をする行為

 


実施行為独立の原則と用尽説

特許権の効力上、各行為はそれぞれ独立であり、一つの行為が適法であるからといって、他の行為が適法であるとは限らない』とされます(吉藤幸朔著『特許法概説 第10版』(有斐閣、1994年)第349頁)。これは「実施行為独立の原則」とよばれます。

たとえば、電気洗濯機の発明について、最終的には家庭内の「使用」に止まる(そのため業としての実施でない)としても、その電気洗濯機を正当権原なく電機メーカが製造(業としての実施)することは、特許権の侵害となります。

但し、一旦、『販売が正当に行われた後は、特許権は用い尽されたもの(…)となり、もはや同一物につき再び特許権を主張することはできない』とされます(吉藤幸朔著『特許法概説 第10版』(有斐閣、1994年)第349頁)。「用尽説」又は「消尽説」とよばれます。

たとえば、特許権者である電機メーカが(正規品として)電気洗濯機を製造して販売した後、それを購入したクリーニング店は、その電気洗濯機を使用しても、また転売等しても、特許権侵害とはなりません。

 


特許権の効力が及ばない範囲

特許権の効力は、以下の実施や物には及びません(特許法第69条)。

  • 試験又は研究のためにする特許発明の実施
  • 単に日本国内を通過するに過ぎない船舶若しくは航空機又はこれらに使用する機械、器具、装置その他の物
  • 特許出願の時から日本国内にある物
  • 二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物)を混合することにより製造されるべき医薬の発明、又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明についての、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為、及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬

 


関連情報

 


参考条文(2020.01.28)

特許法
(定義)
第2条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。
 2 この法律で「特許発明」とは、特許を受けている発明をいう。
 3 この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
  一 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
  二 方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為
  三 物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
 4 この法律で「プログラム等」とは、プログラム(電子計算機に対する指令であつて、一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。以下この項において同じ。)その他電子計算機による処理の用に供する情報であつてプログラムに準ずるものをいう。

(特許権の効力)
第68条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。

(特許権の効力が及ばない範囲)
第69条 特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
 2 特許権の効力は、次に掲げる物には、及ばない。
  一 単に日本国内を通過するに過ぎない船舶若しくは航空機又はこれらに使用する機械、器具、装置その他の物
  二 特許出願の時から日本国内にある物
 3 二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。

 


(作成2020.01.28、最終更新2020.01.28)
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