特許無効理由

特許無効審判

特許が法定の無効理由に該当するときは、利害関係人(権利帰属に係る無効理由については真の権利者)は、その特許を無効にすることについて、特許無効審判を請求することができます。二以上の請求項に係る特許については、請求項ごとに審判請求することができます。

特許無効審判の請求があると、特許庁審判官がその内容を審理します。

特許が法定の無効理由に該当するとき、請求認容審決(特許無効審決)がなされます。これに対して、特許権者は、訴訟で争うことができます。特許無効審決が確定したときは、特許権は、初めから存在しなかったものとみなされます。但し、特許後の後発的事由によって無効にされた場合は、その後発的な事由が生じた時から存在しなかったものとみなされます。

特許が法定の無効理由に該当しないとき、請求棄却審決(特許有効審決)がなされます。これに対して、審判請求人は、訴訟で争うことができます。審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができません(一事不再理)。

 


特許無効理由【一覧】

特許が下記のいずれかに該当することを理由として、特許無効審判を請求することができます。

 

1. 新規事項追加(新規事項を追加する補正がされた場合):第123条第1項第1号、第17条の2第3項

明細書、特許請求の範囲又は図面についての補正(補充又は訂正)は、原則として、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければなりません。我が国では最先の出願人にのみ権利を付与する先願主義を採用するので、出願後に明細書等に新規事項を追加することは許されません。新規事項を追加する補正がされた出願(外国語書面出願を除く)に対して特許がされた場合、無効理由となります。

なお、第17条の2第4項(シフト補正禁止)違反は、拒絶理由ですが、無効理由ではありません。

 

2. 外国人の権利の享有:第123条第1項第2号、第25条

日本国内に住所又は居所(法人にあっては、営業所)を有しない外国人は、次のいずれかに該当する場合を除き、特許権その他特許に関する権利を享有することができません。

  • (i) その者の属する国において、日本国民に対しその国民と同一の条件により特許権その他特許に関する権利の享有を認めているとき。
  • (ii) その者の属する国において、日本国がその国民に対し特許権その他特許に関する権利の享有を認める場合には日本国民に対しその国民と同一の条件により特許権その他特許に関する権利の享有を認めることとしているとき。
  • (iii) 条約に別段の定があるとき。

 

3. 発明該当性(「発明」でない場合):第123条第1項第2号、第29条第1項柱書

「発明」といえるためには、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である必要があります。

以下の(i)から(vi)までの類型に該当するものは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではないので、「発明」に該当しません

  • (i) 自然法則自体(エネルギー保存の法則、万有引力の法則)
  • (ii) 単なる発見であって創作でないもの(例えば鉱石のような天然物。但し、天然物から人為的に単離した化学物質、微生物等は、「発明」に該当する。)
  • (iii) 自然法則に反するもの(永久機関)
  • (iv) 自然法則を利用していないもの(自然法則以外の法則(例:経済法則)、人為的な取決め(例:ゲームのルールそれ自体)、数学上の公式、人間の精神活動、これらのみを利用しているもの(例:ビジネスを行う方法それ自体))
  • (v) 技術的思想でないもの(技能(例:フォークボールの投球方法)、情報の単なる提示(例:機械の操作方法又は化学物質の使用方法についてのマニュアル)、単なる美的創造物(例:絵画、彫刻等)。但し、情報の提示(提示それ自体、提示手段、提示方法等)に技術的特徴があるものは、情報の単なる提示に当たらない(例:文字、数字、記号からなる情報を凸状に記録したプラスチックカード)。)
  • (vi) 発明の課題を解決するための手段は示されているものの、その手段によっては、課題を解決することが明らかに不可能なもの

 

4. 産業上の利用可能性:第123条第1項第2号、第29条第1項柱書

以下の(i)から(iii)までのいずれかに該当する発明は、産業上の利用可能性の要件を満たしません

  • (i) 人間を手術、治療又は診断する方法の発明
  • (ii) 業として利用できない発明(個人的にのみ利用される発明(例:喫煙方法)、学術的、実験的にのみ利用される発明)
  • (iii) 実際上、明らかに実施できない発明(例:オゾン層の減少に伴う紫外線の増加を防ぐために、地球表面全体を紫外線吸収プラスチックフイルムで覆う方法)

 

5. 新規性(新しいか):第123条第1項第2号、第29条第1項各号

以下の(i)から(iii)までのいずれかに該当する発明は、新規性を有しません。

  • (i) 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明(公知
  • (ii) 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明(公用
  • (iii) 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明(文献公知)又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明(インターネット公知

詳しくは、発明の新規性・進歩性をご覧ください。

 

6. 進歩性(通常考えつく程度の改良・改変か):第123条第1項第2号、第29条第2項

特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が前記新規性阻却事由となる公知、公用、文献公知等の発明(先行技術)に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、特許を受けることができません。

詳しくは、発明の新規性・進歩性をご覧ください。

 

7. 拡大先願:第123条第1項第2号、第29条の2

先願が出願公開等される前に後願が出願されても、先願の当初明細書等に記載された発明と同一発明については、後願は特許を受けることができません。但し、発明者が同一の場合、又は後願の出願時において出願人が同一である場合は、この限りではありません。

詳しくは、拡大先願(特許法29条の2)をご覧ください。

 

8. 不特許事由(公序良俗・公衆衛生):第123条第1項第2号、第32条

公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明については、特許を受けることができません。

例えば、遺伝子操作により得られたヒト自体、専ら人を残虐に殺戮することのみに使用する方法は、不特許事由に該当します。

 

9. 共同出願:第123条第1項第2号、第38条

特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、特許出願をすることができません。

この規定に違反して特許された場合、無効理由となります。

真の権利者(特許を受ける権利を有する者)は、共同出願違反の出願に基づく特許権の特許権者に対し、その特許権(持分)の移転を請求することができます(第74条第1項)。この請求に基づく特許権の移転の登録があったときは、その特許権は、初めから当該登録を受けた者に帰属していたものとみなされます(第74条第2項)。そして、特許を受ける権利の共有者全員が当該特許権を共有することとなったときには、共同出願違反の無効理由には該当しないこととなります(第123条第1項第2号括弧書き)。

 

10. 先願:第123条第1項第2号、第39条第1~4項

  • (1) 異なった日にされた特許出願同士
    同一の発明について異なった日に二以上の特許出願があったときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができます。
  • (2) 同日にされた特許出願同士
    同一の発明について同日に二以上の特許出願があったときは、特許出願人の協議により定めた一の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができます。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、いずれも、その発明について特許を受けることができません。
  • (3) 異なった日にされた特許出願と実用新案登録出願
    特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合において、その特許出願及び実用新案登録出願が異なった日にされたものであるときは、特許出願人は、実用新案登録出願人より先に出願をした場合にのみその発明について特許を受けることができます。
  • (4) 同日にされた特許出願と実用新案登録出願
    特許出願に係る発明と実用新案登録出願に係る考案とが同一である場合において、その特許出願及び実用新案登録出願が同日にされたものであるときは、出願人の協議により定めた一の出願人のみが特許又は実用新案登録を受けることができます。協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、特許出願人は、その発明について特許を受けることができません。

詳しくは、先願(特許法39条)をご覧ください。

 

11. 条約違反:第123条第1項第3号

その特許が条約に違反してされた場合、無効理由となります。

 

12. 明細書の記載要件:第123条第1項第4号、第36条第4項第1号

明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること)、委任省令要件(経済産業省令で定めるところにより記載されていること)を具備する必要があります。

 

13. 特許請求の範囲の記載要件:第123条第1項第4号、第36条第6項(第4号を除く)

特許請求の範囲の記載は、サポート要件(特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること)、明確性要件(特許を受けようとする発明が明確であること)、簡潔性要件(請求項ごとの記載が簡潔であること)を具備する必要があります。

なお、(i)第36条第6項第4号(特許請求の範囲の記載要件のうち委任省令要件)、(ii)第37条(発明の単一性)、(iii)第36条第4項第2号(先行技術文献情報開示要件)は、拒絶理由ですが、無効理由ではありません。

詳しくは、特許請求の範囲の記載要件特許請求の範囲の明確性をご覧ください。

 

14. 原文新規事項:第123条第1項第5号

外国語書面出願に係る特許の場合、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項は、外国語書面に記載した事項の範囲内になければなりません。

 

15. 冒認出願:第123条第1項第6号

冒認(ぼうにん)、すなわちその特許がその発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたとき、無効理由となります。

真の権利者(特許を受ける権利を有する者)は、冒認出願に基づく特許権の特許権者に対し、その特許権の移転を請求することができます(第74条第1項)。この請求に基づく特許権の移転の登録があったときは、その特許権は、初めから当該登録を受けた者に帰属していたものとみなされます(第74条第2項)。そして、特許を受ける権利を有する者が当該特許権を取得することとなったときには、冒認の無効理由には該当しないこととなります(第123条第1項第6号括弧書き)。

 

16. 後発的無効理由:第123条第1項第7号

(i)外国人が特許後に特許権を享有することができなくなった場合、又は(ii)特許後に条約が改正されて特許の際は適法であったものが、その後条約に違反するようになった場合、無効理由となります。

 

17. 不適法訂正:第123条第1項第8号

特許異議申立ての手続における訂正(第120条の5第2項)、訂正審判による訂正(第126条)、及び特許無効審判の手続における訂正(第134条の2第1項)が不適法であった場合には、無効理由となります。

具体的には、その特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正が、(i)第126条第1項ただし書若しくは第5項から第7項まで(第120条の5第9項又は第134条の2第9項において準用する場合を含む。)、(ii)第120条の5第2項ただし書、又は(iii)第134条の2第1項ただし書の規定に違反してされたとき、無効理由となります。各条文は、以下のとおりです。

 

(訂正審判)
第126条 特許権者は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすることについて訂正審判を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。(訂正の目的)
  一 特許請求の範囲の減縮
  二 誤記又は誤訳の訂正
  三 明瞭でない記載の釈明
  四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。
 2~3 ・・・省略・・・
 5 第1項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(同項ただし書第二号に掲げる事項を目的とする訂正の場合にあつては、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(外国語書面出願に係る特許にあつては、外国語書面))に記載した事項の範囲内においてしなければならない。(新規事項追加禁止)
 6 第1項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない(特許請求の範囲の拡張変更禁止)
 7 第1項ただし書第一号又は第二号に掲げる事項を目的とする訂正は、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない。(独立特許要件)
 8 ・・・省略・・・

 

(意見書の提出等)
第120条の5 審判長は、取消決定をしようとするときは、特許権者及び参加人に対し、特許の取消しの理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない。
 2 特許権者は、前項の規定により指定された期間内に限り、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
  一 特許請求の範囲の減縮
  二 誤記又は誤訳の訂正
  三 明瞭でない記載の釈明
  四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。
 3~8 ・・・省略・・・
 9 第126条第4項から第7項まで・・・の規定は、第2項の場合に準用する。この場合において、第126条第7項中「第1項ただし書第一号又は第二号」とあるのは、「特許異議の申立てがされていない請求項に係る第1項ただし書第一号又は第二号」と読み替えるものとする。

 

(特許無効審判における訂正の請求)
第134条の2 特許無効審判の被請求人は、・・・の規定により指定された期間内に限り、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
  一 特許請求の範囲の減縮
  二 誤記又は誤訳の訂正
  三 明瞭でない記載の釈明
  四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。
 2~8 ・・・省略・・・
 9 第126条第4項から第8項まで・・・の規定は、第1項の場合に準用する。この場合において、第126条第7項中「第1項ただし書第一号又は第二号」とあるのは、「特許無効審判の請求がされていない請求項に係る第1項ただし書第一号又は第二号」と読み替えるものとする。

 


拒絶理由であるが無効理由でないもの

  • 第49条第1号(第17条の2第4項):シフト補正禁止
  • 第49条第4号(第36条第6項第4号):特許請求の範囲の記載要件のうち委任省令要件
  • 第49条第4号(第37条):発明の単一性
  • 第49条第5号(第36条第4項第2号):所定通知後の文献公知情報記載違反
  • その他、外国語書面出願に係る第17条の2第3項の翻訳文新規事項に関しても、拒絶理由ですが、無効理由ではありません(特許法第49条第1号、第123条第1項第1号括弧書き)。

特許の拒絶理由・異議申立理由・無効理由の比較(各理由の違い)

 


拒絶理由でないが無効理由であるもの

  • 第123条第1項第7号:後発的無効理由(特許後の後発的事由による外国人の権利享有違反及び条約違反)
  • 第123条第1項第8号:不適法訂正(訂正要件違反)

特許の拒絶理由・異議申立理由・無効理由の比較(各理由の違い)

 


条文解読

特許法

(特許無効審判)
第123条 特許が次の各号のいずれかに該当するときは、その特許を無効にすることについて特許無効審判を請求することができる。この場合において、二以上の請求項に係るものについては、請求項ごとに請求することができる。

  一 その特許が第17条の2第3項(新規事項追加禁止)に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願(外国語書面出願を除く。)に対してされたとき。

  二 その特許が第25条(外国人の権利享有)、第29条(新規性・進歩性)、第29条の2(拡大先願)、第32条(不特許事由(公序良俗・公衆衛生))、第38条(共同出願)又は第39条第1項から第4項まで(先願)の規定に違反してされたとき(その特許が第38条(共同出願)の規定に違反してされた場合にあつては、第74条第1項(移転請求権)の規定による請求に基づき、その特許に係る特許権の移転の登録があつたときを除く。)。

  三 その特許が条約に違反してされたとき。

  四 その特許が第36条第4項第一号(発明の詳細な説明の記載要件としての実施可能要件・委任省令要件)又は第6項(特許請求の範囲の記載要件としてのサポート要件・明確性要件・簡潔性要件)(第四号(委任省令要件)を除く。)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたとき。

  五 外国語書面出願に係る特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内にないとき。

  六 その特許がその発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたとき(冒認出願)(第74条第1項(移転請求権)の規定による請求に基づき、その特許に係る特許権の移転の登録があつたときを除く。)。

  七 特許がされた後において、その特許権者が第25条(外国人の権利享有)の規定により特許権を享有することができない者になつたとき、又はその特許が条約に違反することとなつたとき。

  八 その特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正が第126条第1項ただし書若しくは第5項から第7項まで(訂正審判による訂正)(第120条の5第9項又は第134条の2第9項において準用する場合を含む。)、第120条の5第2項ただし書(特許異議申立ての手続における訂正)又は第134条の2第1項ただし書(特許無効審判の手続における訂正)の規定に違反してされたとき。

 2 特許無効審判は、利害関係人前項第二号(特許が第38条(共同出願)の規定に違反してされたときに限る。)又は同項第六号に該当することを理由として特許無効審判を請求する場合にあつては、特許を受ける権利を有する者)に限り請求することができる。

 3 特許無効審判は、特許権の消滅後においても、請求することができる。

 4 審判長は、特許無効審判の請求があつたときは、その旨を当該特許権についての専用実施権者その他その特許に関し登録した権利を有する者に通知しなければならない。

 


参考文献

特許庁編『工業所有権法逐条解説 第20版』、『特許・実用新案審査基準』、『特許・実用新案審査ハンドブック』、『審判便覧(第18版)』

 


関連情報

 


(作成2020.01.19、最終更新2020.01.22)
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