特許権侵害か否かの判断事例(特許請求の範囲の解釈)

はじめに

  • 事例の事件の原告や被告等と、弊所とは一切関係ありません。内容が比較的分かりやすく、判決日から相当の期間が経過していることを考慮し、事例として挙げさせていただきました。関係者の皆様には何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。
  • 実用新案権に関する事件ですが、旧実用新案法に基づき実体審査を経て権利付与されたものですから、特許権に関する事件と同様に考えて差し支えありません。「実用新案権」を「特許権」に、「実用新案登録請求の範囲」を「特許請求の範囲」に、「考案」を「発明」に、それぞれ読み替えてください。

 


関連条文(2020月4月1日現在)

特許法

(特許出願)
第36条 特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。
  一 特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
  二 発明者の氏名及び住所又は居所
2 願書には、明細書特許請求の範囲、必要な図面及び要約書を添付しなければならない。
3~7 省略

(特許発明の技術的範囲)
第70条 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない
2 前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。
3 前二項の場合においては、願書に添付した要約書の記載を考慮してはならない。

 

実用新案法

(特許法の準用)
第26条 特許法第69条第1項及び第2項、第70条から第71条の2まで(特許権の効力が及ばない範囲及び特許発明の技術的範囲)、…の規定は、実用新案権に準用する。

 


技術内容

実施例としての「面構造材の連結装置」は、概ね次のとおりです。

  • 左右の面構造材3の側縁同士は、カバー10を介して接続されます。
  • カバー10の裏面には、左右の側縁が左右方向内側へ折り返されて、折込片12が設けられます。
  • 各折込片12は、カバー10の左右側縁からの延出先端部が、コ字状に裏面側に折り返されて、カバー10の左右方向外側へ延出する折返片13が設けられます。
  • 折返片13は、折込片12と「ほぼ平行」に配置されます。
  • 折込片12と折返片13とにより、カバー10の左右方向外側へ開口する差込部14が設けられます。
  • 差込部14に面構造材3の側縁が挿入されて、左右の面構造材3が連結されます。

実用新案権の図面1

実用新案権の図面2

より詳細には、以下のとおりです(実用新案公報からの抜粋)。

「考案の名称 面構造材の連結装置」

「本考案は、面構造材における連結装置、特に建築物や構築物の屋根或いは壁を横葺きの面構造材で構成する場合において、左右に並ぶ面構造材の継目部分を極めて簡単に施工することができ、しかも継目部分から染み込む雨水を確実に下側に位置する面構造材の表面に排出するようにした面構造材の連結装置に関するものである。」

「上記した構成の捨板1、カバー10を利用して左右に並ぶ面構造材3,3の継目部分を連結するには、各面構造材3,3をカバー10の裏面に沿ってスライドさせ、面構造材3の側縁をカバー10の各差込部14に挿入するとともに、カバーの嵌合部11を面構造材3の係止部7の外面に被着する。そして外壁や屋根の下地部分と面構造材3の継目部分との間に捨板1を介在させ、捨板1の嵌入部5を面構造材3の係止部7内に嵌入する。したがって、両面構造材3,3の継目部分は裏面が捨板1により、表面がカバー10により被われ、しかもカバー10の両折返部13が捨板1の表面に載置している。」

「以上要するに本考案によればカバー(10)は、下縁に設けた嵌合部(11)が面構造材(3)の下縁に形成した係止部(7)の外面に被着されているし、差込部(14)に面構造材(3)の側縁が挿入されているので強固に支持され、暴風雨に接したり長時間経過しても外れたり緩むことがない。又、カバー(10)は折込片(12)と折返片(13)とにより差込部(14)を構成し、折返片(13)が折込片(12)とほぼ平行であるから、差込部(14)に挿入される面構造材(3)の側縁が安定して支えられて差込部(14)から外れることがないばかりでなく、カバー(10)も面構造材(3)から外れない。そして、雨水が面構造材(3)の表面を伝わってカバー(10)の内側に染み込んでも、カバー(10)の差込部(14)内や折返片(13)を流れ出ることになる。しかも、カバー(10)の折返片(13)と捨板(1)の平坦状部分(8)とが密接状になっているので、施工完成状態においてカバー(10)が捨板(1)を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない。」(括弧書きの符号は弊所加入)

 


本件実用新案権に係る考案(本件考案)

原告が有する実用新案権の技術的範囲をみてみます。
実用新案公報の実用新案登録請求の範囲に記載の次のとおりです(括弧書きの符号は弊所加入)。

 左右に並ぶ面構造材(3)の継目部分の裏面に捨板(1)を添設し、該継目部分の表面にカバー(10)を被着するようにした面構造材(3)の連結装置において、

 上記面構造材(3)には上縁に係合部(6)を、下縁に係止部(7)を設け、

 捨板(1)には表面に平坦状部分(8)を形成するとともに下縁には面構造材(3)の係止部(7)内に嵌入する嵌入部(5)を設け、

 カバー(10)には左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片(12)と、該折込片(12)の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片(12)とほぼ平行にした折返片(13)とにより横方向に開口する差込部(14)を左右に形成するとともに下縁には面構造材(3)の係止部(7)の外面に被着する嵌合部(11)を設け、

 面構造材(3)の継目部分の裏面に捨板(1)を添設してカバー(10)を被着した状態で捨板(1)の嵌入部(5)が面構造材(3)の係止部(7)内に嵌入され、

 カバー(10)の各差込部(14)内には各面構造材(3)の側縁が挿入されてカバー(10)の嵌合部(11)が面構造材(3)の係止部(7)の外面に被着され、

 カバー(10)の折返片(13)が捨板(1)の平坦状部分(8)に密接状になっている

 面構造材(3)の連結装置。

 


地裁判決

昭和63(ワ)1598 実用新案権 民事訴訟 平成4年12月14日 千葉地方裁判所

以下、判決文からの抜粋です。

主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する
二 訴訟費用は原告らの負担とする。

理由
原告【A】の本件実用新案権に基づく請求について

原告【A】主張の被告が使用していたという面構造材の連結装置が、第一物件…に記載のとおりのものであるとしても、第一物件は、以下に認定判断するとおり、本件考案の技術的範囲に属さないものというべきである

(一) …当事者間に争いのない事実によれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲は、本件公報の該当項記載のとおりであって、本件考案は、カバーには左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片と、該折込片の先端から更に裏面側に折り返して上記折込片とほぼ平行にした折返片とにより横方向に開口する差込部を左右に形成するとともに下縁には面構造材の係止部の外面に被着する嵌合部を設け(構成要件D)という構成を有するものである。これに対して、…第一物件は、カバー10には左右側縁を裏面側に重合するように折り返し状にした折込片12と、該折込片12の先端から更に裏面側に折り返した折返片13とにより差込部14を左右に形成する構造を有するが、折込片12と折返片13とは、ほぼ平行にした構造を有しないものと認められる。すなわち、本件考案の構成要件Dにいう「折込片とほぼ平行にした折返片」の意義について検討するに、通常の用語例に例えば、「平行」とは、同一平面上の二直線あるいは空間の二平面がどこまで延長しても交わらないことを意味し、また、「ほぼ」とは、およそということを意味するものであるところ、…右認定の事実によると、本件考案にいう「ほぼ平行」というのも、前示通常の用語例に従うものと認められる。そうすると、少なくとも、第一物件の折込片12と折返片13のように、両者のなす角度が一見して一〇度近くもあるものは、本件考案にいう「ほぼ平行」には含まれないものというべきである。

(二) また、前示本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、本件考案は、カバーの折返片が捨板の平坦状部分に密接状になっている(構成要件G)という構成を有するものである。これに対して、…第一物件は、カバー10の折返片13が捨板1の平坦状部分8と密接状になっている構造を有しないものと認められる。すなわち、本件考案の構成要件Gにいう「密接状」の意義について検討するに、通常の用語例に従えば、「密接状」とは、隙間なくぴったりとついた状態を意味するものであるところ、…右認定の事実によると、本件考案にいう「密接状」というのも、前示通常の用語例に従うものと認められる。そうすると、第一物件のカバー10の折返片13と捨板1の平坦状部分8とは密接状になっていないものというべきである。

(三) 以上によれば、第一物件は、本件考案の構成要件D及びGを具備せず、ひいては、本件考案の作用効果を奏しないものである。したがって、第一物件は、本件考案の技術的範囲に属さないものというべきである

よって、原告【A】の本件実用新案権に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをいえない。

 


高裁判決

平成4(ネ)4898 実用新案権 民事訴訟 平成7年2月22日 東京高等裁判所

以下、判決文からの抜粋です。

主文
控訴人らの控訴をいずれも棄却する
控訴費用は控訴人らの負担とする。
*控訴人=地裁での原告、被控訴人=地裁での被告

理由
控訴人【A】の本件実用新案権に基づく請求について

一 …右当事者間に争いがない本件考案の構成要件Dの示すところによれば、本件考案においては、カバーに折込片と折返片とが設けられ、これら二つの片により横方向に開口する差込部が形成され、この折込片と折返片とは「ほぼ平行」であることが、必須の要件とされている
 これに対し、第一物件においては、…カバーに折込片12と折返片13が設けられる点、カバーに横方向に開口する差込部が形成される点においては、本件考案におけると相違はないが、横方向に開口する差込部14は、右二つの片のみによって形成されるのではなく、これらと、折返片13の先端を更に折込片12に当接するように斜め上方でしかも内方向に折曲して設けられた片(以下「圧着片」あるいは「圧着片15」という。)とにより形成され、直接外部と接する部分(以下「開口部分」という。)は、圧着片15の全部と折込片12のうち圧着片15が当接する場所よりも外部の部分とにより形成されており、折返片13の全部と折込片12のうち圧着片15が当接する場所よりも内部の部分は、外部にさらされず、右折返片13の全部、折込片12の一部及び圧着片15に囲まれた閉鎖状態の空間が形成される構造になっていることが認められる。

二 …
1 成立に争いのない甲第一号証によれば、本件公報の考案の詳細な説明の項には、本件考案が右要件をその構成に採用したことの有する技術的意義につき、「カバーは折込片と折返片とにより差込部を構成し、折返片が折込片とほぼ平行であるから、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがないばかりでなく、カバーも面構造材から外れない。そして、雨水が面構造材の表面を伝わつてカバーの内側に染み込んでも、カバーの差込部内や折返片を流れ出ることになる。しかも、カバーの折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になつているので、施工完成状態においてカバーが捨板を確実に支持することができて相互の位置にずれが生じない。したがつてどのような状態で雨水が面構造材の継目部分に入り込んでも確実に下側の面構造材の表面に流れ出ることになつて天井裏に染み出ることがなく、著しく雨仕舞が良好である。」…と記載されていることが認められ、これによるときは、本件考案の差込部は、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがなく、カバーも面構造材から外れないとの課題、及び、面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでくる雨水に対する処理をいかにするかの課題を、折返片が折込片とほぼ平行であること、及び、折返片と捨板の平坦状部分とが密接状になっていることを利用して実現しようとの技術思想に基づくものと認められる。
 このことは、本件考案が登録される経緯によっても裏付けられるところである。…本件考案が登録される経緯…によれば、本件考案につき登録が認められたのは、折返片と折込片とが「ほぼ平行」であること、及び、折返片と捨板の平坦状部分とが「密接状」になっていることが構成要件として明示され、かつ、これらの構成要件によって解決される課題として前記のものがあることが明示されることによってであり、これらが明示されるまでは、公知の考案からきわめて容易に考案できるものとして拒絶すべきものとされ続けていたものと認めることができるのである。…

2 このように、本件考案は、差込部に挿入される面構造材の側縁が安定して支えられて差込部から外れることがなく、カバーも面構造材から外れないとの課題、及び、面構造材の表面を伝わってカバーの内側に染み込んでくる雨水に対する処理をいかにするかの課題を解決するために、前示引例ロに示された折込片と折返片の押し上げ部とが互いに近接して弾性挟持力を有するようにした構成を採用せず、前示のとおり、折返片が折込片と「ほぼ平行」であること、及び、折返片と捨板の平坦状部分とが「密接状」になっていることを利用して実現しようとの技術思想に基づき、これを必須の構成要件として規定したのに対し、右の課題を解決するについての第一物件の技術思想及びその構成は、本件考案のものと異なることが明らかである。…
 そうすると、第一物件の構成は、前示引例ロに示された折込片と折返片との弾性挟持力により面構造材を安定して挟持するとの技術思想に基づき、これを発展させた構成というべきであり、したがって、この技術思想を採用しないことを明示して、「折返片とほぼ平行にした折込片とにより横方向に開口する差込部を・・・形成した」ことを必須の構成要件とした本件考案とは、そのよって立つ技術思想を異にした別異の構成のものというほかはない。…

三 このように、本件考案と第一物件との間には、同じ課題を解決するに当たっての技術思想に相違が認められ、この技術思想の相違に基づき、少なくとも本件考案の構成要件Dに該当する構成を有しないことが明らかであるから、その技術的範囲に属するということができず、したがって、控訴人【A】が本件実用新案権に基づいて被控訴人に第一物件の使用を理由として損害賠償を請求することができないことは、その余につき論ずるまでもなく、明らかである。

 


関連情報

 


(作成2020.04.09、最終更新2020.04.09)
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