はじめに
物品が「ナット」であるのに、図面においてネジ溝の記載がなく、文章にもその旨の説明がない場合の権利範囲の解釈(登録意匠の範囲)について判断した「車輪用ナット事件(意匠権侵害訴訟、東京地裁)」を確認してみます。
製造途上にある中間加工品ないし半製品であってそれ自体独立して経済取引の対象となっていない物品について、意匠権侵害の成否に関する判断も示しました。
以下、青字は、原告(意匠権者)の主張、赤字・ピンク字は、裁判所の判断となっています。
なお、弊所において編集・加工を行っています。詳細は、事件番号から判決全文をご確認ください。
車輪用ナット事件:東京地裁、昭和49年(ワ)第3436号、昭和52年2月16日
主文
原告の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
原告の請求
主位的請求
- 被告は別紙イ号図面表示の意匠にかかる車輪用ナットを製造、販売、頒布してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。
予備的請求
- 被告は別紙ロ号図面表示の意匠にかかる車輪用ナットを製造、使用、販売、頒布してはならない。訴訟費用は被告の負担とする。
原告の意匠権
原告は、次の意匠権(本件意匠権)を有している。
- 登録番号 第346332号
- 意匠にかかる物品 車輪用ナット
被告の行為
被告は、業として「イ号物品」(車輪用ナット)を製造、販売している。
被告は、業として「ロ号物品」(車輪用ナット)を自ら製造し、また他社に製造させ、これにねじ切り、メッキ加工等を施してイ号物品に仕上げている。
裁判所の判断
原告の主位的請求について
本件登録意匠とイ号物品の意匠の類否につき判断する。
本件意匠公報の図面においてはナット本体部の内周面及び外周面にねじ溝の記載がなく、また「意匠の説明」としてねじ溝の記載が省略されている旨の記載もないことは当事者間に争いがない。
原告は、本件登録意匠にかかる物品が「車輪用ナット」であること及びその取付け使用状態を示す本件意匠公報の参考図の記載から、本件登録意匠にかかるナットがその本体部の内周面及び外周面にねじ溝を備えていることは自明であり、本件意匠公報の図面ではねじ溝の記載が当然のこととして省略されている旨主張するので、先ずこの点につき判断する。
本件登録意匠にかかる物品が車輪用ナットであることは当事者間に争いがなく、ナットとは、めねじを持つ機械要素で、おねじを持つボルトなどと一緒にねじ締結に用いられるものであることが認められる。
しかしながら、物品がナットであるということからは、通常その中空部(内周面)にねじ溝を有するとはいえるにしても、当然にその外周面にもねじ溝を有するとはいえない。
また、登録意匠の範囲は願書の記載及び願書添付図面に記載された意匠に基づいて定めなければならないが(意匠法第24条)、本件登録意匠の意匠登録出願の願書に添付した図面のすべてについて一切ねじ溝の記載がないことが認められる。しかも、添付図面中の参考図に示された本件登録意匠にかかるナットの使用状態によっても、ナットは本体部の内外周面にねじ溝があるのが省略されているものであると認めることは困難である。
さらに、ねじ溝といっても、その形状、寸法等が多様でありうることはいうまでもないから、仮に原告の主張するように本件登録意匠がナット本体部の内外周面にねじ溝を備えた形状のものとしても、ねじ溝の形状、寸法等は特定できないことになり、本件登録意匠は不特定の部分を含むという不当な結果になる。
したがって、原告の主張はいずれにしても理由がなく、本件登録意匠は、本件意匠公報の図面どおり、ナット本体部の内外周面にねじ溝を欠く形状のものというべきである。
以上を前提として、本件登録意匠とイ号物品の意匠を対比してみると、
両意匠は車輪用ナットとしての基本的形状においてはほとんど同一であるけれども、
反面前者がナット本体部の内周面及び外周面にねじ溝を欠いているのに対し、後者はこれを備えているという差異があり、
この差異は、看者をしてナットの意匠につき著しく異なった印象を抱かしめるものであって、到底微差といえないことは明らかであるから、両意匠は全体として類似しないといわなければならない。したがって、イ号物品の意匠が本件登録意匠の範囲に含まれることを前提とする原告の主位的請求は理由がない。
原告の予備的請求について
被告が業としてロ号物品を製造し、また他社に製造させ、これにねじ切り、メッキ加工等を施してイ号物品に仕上げていることは当事者間に争いがない。
しかしながら、ロ号物品自体が完成品として経済取引の対象とされていることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、争いのない事実に弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、イ号物品の製造を目的とし、その中間工程として素材としてのロ号物品を製造しもしくは製造させ、これにねじ切り加工等を施してイ号物品に仕上げていることが明らかである。
そして、製造途上にある中間加工品ないし半製品であってそれ自体独立して経済取引の対象となっていない物品につき意匠権の侵害を論ずる余地のないことはいうまでもないから、中間加工品ないし半製品に過ぎないロ号物品につき製造、使用(加工)等の差止を求める原告の予備的請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
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(作成2024.09.26、最終更新2024.09.26)
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